『おいでよどうぶつの森』の頃

 『勇者ああああ』のゲーム史を振り返ろう的な企画で、DSやPSPの時代が振り返られていたし、今日が11月23日であるから、簡潔に当時を思い出してみる。
 なぜ11月23日、なのかといえば、その日が勤労感謝の日であるからではなく、15年前の今日、DSで『おいでよどうぶつの森』が発売されたからである。言うまでもなく今年は『あつまれどうぶつの森』の年である。令和2年を要約するとすれば「コロナ・鬼滅・あつ森」でほぼ間違いがないくらい。少なくともDLを含めれば、35年前の『スーパーマリオブラザーズ』の国内の実売本数を抜いた。パッケージ単体の売り上げでも、日本記録の更新は時間の問題だろう。ゲーム自体がヒットしたのはもちろん、香港では反政府運動の舞台として本作が使用されたり、日本でも消防庁のPR動画に活用されたりもしていた(ここはちょっとうろ覚えの記憶)。
 とはいえ『どうぶつの森』はいつからそんな化け物じみたタイトルになったのかと言えば、『おいでよどうぶつの森』を思い起こさないわけにはいかない。何せ自分、15年前、発売日当日に『おい森』を買いに行ったんだから。
 『どうぶつの森』というゲーム自体はよく知られていたと思う。『ニンテンドードリーム』では『どうぶつの森e +』の企画を毎号やってたし、ニンドリ君の誕生だってリアタイで見届けている。ただ、その頃は64やGCで展開されていたシリーズで、あくまでも任天堂の数ある中堅シリーズだった。正直、友達の家でやってるのを見て、面白そうだなあとは思っていたけど、テレビゲームでやるほどのもんじゃない、みたいな感覚はあった。
 だから、DSで『どうぶつの森』が発表された時は興奮した。言い過ぎかもしれないが、出たら絶対買うぞ、という気概でいたのである。そして発売日は2005年11月23日、忘れもしない木曜日、勤労感謝の日であった。で、親に頼んで、近所のゲームショップに連れてってもらって、棚に並べられたばかりであろうパッケージをレジへ持っていったわけである。その後わかったのは、自分と同じことを考えていた人間が大勢いたんだね、ということだった。
 確か、初週でGC版の売り上げを大きく超えていたはずである。で、あれよあれよと言うまに100万、200万と売り上げを伸ばし、最終的には500万本以上を売った。『nintendogs』に始まり『脳トレ』で火がついたDSブームの絶頂である。2週間後に発売された『マリオカートDS』と合わせて、学校の連中の間ではコミュニケーションツールになった。それほど親しくないクラスメイトとでも、とりあえず互いの村を訪ねては、エイトクロスサーキットで直ドリ対決をしたものである。
 携帯機との相性の良さ、そして同日から開始されたWi-Fiコネクションによるお手軽な通信機能、この2点だけで『どうぶつの森』は大化けした(これはPSPの『モンハン』にも言えるけど)。それから15年、まあ、とんでもないシリーズになったこと。レクジャスなんかオンリーまでやったらしいからな。