エターなるオンプテ小説(3/4)

 続き。

 大文量を一度にコピペしたせいか、改行がおかしくなっている箇所があるかもしれないが、まあエタなった黒歴史小説なので……

 

 33


 ちくしょう、何てこった! 木の実一個もありゃしねえ! カスさえ残ってなかった・・・・・・全部ここいらのろくでなしどもがかっさらいちまいやがったんだ・・・・・・ったくろくでもねえ連中だあいつら! どいつもこいつも! 好き勝手ばかりで! 相変わらず秩序ってもんがなかった! まさに無法地帯だった・・・・・・ここいらの連中は自分が生き残ることしか考えちゃいないんだ・・・・・・ちょいと茂みに潜れば、いくらでも死骸が転がってた・・・・・・それこそゴミみたいに捨てられてる・・・・・・腐ってるのも、まだ死にたてなのも・・・・・・糞やションベンみたいに放っぽかれてる・・・・・・餌の取り合いに負けたのや、ワケもなくくたばってんのが・・・・・・いずれにしてもひどい有様だった! してそいつら目がけてどっからかグラエナが蛆みたいに湧いてくる・・・・・・奴らいつも徒党を組んで・・・・・・ケツにはポチエナもくっついて・・・・・・お陀仏んなったコラッタ、ラッタ・・・・・・なりに糸目も付けずがっつくんだ・・・・・・時にはそいつら同士で喧嘩し出す・・・・・・こいつらにもそれなりにはルールってのがあるらしい・・・・・・首領が生意気な奴にかみつく!・・・・・・反撃!・・・・・・こいつますますいきり立った・・・・・・吠える!・・・・・・威嚇!・・・・・・のしかかり!・・・・・・かみくだく!・・・・・・のど笛かっきろうと・・・・・・力を見せつけてやろうと!・・・・・・でも下の連中も黙っちゃいなかった・・・・・・いつだって下克上したがってるんだこのやくざども・・・・・・瞬く間に! 一転攻勢! 形勢逆転! うめき声、喘ぎ声、遠吠え! 醜悪な!・・・・・・けど、結局首領が一番!・・・・・・ぶちのめされ、服従のポーズ!・・・・・・胸突き出し・・・・・・舌をだらり・・・・・・時には下まではみだして・・・・・・ 虫たちが、鳥どもが、物陰からこっそり窺ってる・・・・・・余り物はせしめてやろうと・・・・・・中にはヤミカラスみたいに平気で奪い取ろうするのもいるが・・・・・・すると、餌巡って喧嘩してた連中、手のひら返し、結束し、戦い・・・・・・けたたましい音とともに、毛が飛び散る、羽根が舞い落ち、草葉が舞い上がって、ぶわあっ!・・・・・・さあっ!・・・・・・どん!・・・・・・grどもが勝ちゃあ、ついでに鳥肉もせしめられるが・・・・・・大抵はヤミカラスは狡猾に逃げ切ってた!・・・・・・こっそりと混乱から抜け出して、グラエナどもが興奮して飛びかかり、ぶつかり合ってるその上で、得々と肉をついばんでる・・・・・・したり顔で・・・・・・不敵な笑み・・・・・・にんまり・・・・・・やがては眼中になくなり、突然明後日に首を向け、さっと飛び去った・・・・・・間抜けども、相変わらず意味のない戦いを続けてた・・・・・・見えないものと・・・・・・分からないものと・・・・・・誰かが気づく・・・・・・いない!・・・・・・いつの間に!・・・・・・群れは静まりかえる・・・・・・冷静になった・・・・・・辺りを見回し、嗅ぎまわり・・・・・・そのうち納得する・・・・・・沈黙!・・・・・・吠える!・・・・・・奴らはっとして余った肉塊を見る・・・・・・そしてまたぞろ争い出す・・・・・・脳が溶けてやがるんだ・・・・・・ 誰かの目が行き届いてなけりゃ、すぐにでもこうなっちまうわけだった! 野生の連中なんて所詮こんなもん!・・・・・・どいつも自分が一番大事・・・・・・とまあこんなとこで俺は生きてるけど・・・・・・ときたま反吐が出そうなことはあるっちゃある・・・・・・でも強ければ・・・・・・この鎌で!・・・・・・ちょいと脅しつければ・・・・・・こいつがあれば!・・・・・・刈って、掘って、始末して、なんでも!・・・・・・これでも俺は満足はしてた・・・・・・我が物顔に振る舞ってた!・・・・・・鎌を大手に振るいながら・・・・・・立派なのを見せつけながら・・・・・・時にはかまととぶったのと一発かまし!・・・・・・これでもまあ充足はしてた・・・・・・中にはこっから縄張りを作り出していくやつもいるが、俺はどうでもよかった・・・・・・だいたい、俺は根っからの悪党だった・・・・・・それは俺が一番自覚してた・・・・・・いかさま野郎・・・・・・優しさなんてひとかたまりも・・・・・・思いやりなんて考えるだけで!・・・・・・ぞっと!・・・・・・秩序! 仲間! 絆!・・・・・・そいつら俺の首を締め付け!・・・・・・へし折ろうと!・・・・・・企み謀って・・・・・・畜生! 黙れ! 失せちまえ! だが、水が! これが問題になった!・・・・・・あのコウモリのせいで池を手放しちまってから、喉の乾きを何とかするのは一苦労になってた・・・・・・あそこはここいらじゃ貴重な水辺だった・・・・・・湖なんか遠いし、それにことごとく縄張りが築かれてた・・・・・・それも確固たる・・・・・・だからあそこは欠かせない場所だった・・・・・・それに俺なりに思い入れってのもあった・・・・・・俺だってしんみりすることだってあるんだ・・・・・・思いを馳せるってことが・・・・・・あのコウモリ・・・・・・コウモリなんだか竜なんだか!・・・・・・キマイラ野郎が!・・・・・・それからだここのやくざどもイナゴみたいに木の実を食い荒らしてくようになったのは!・・・・・・今じゃそれが水代わりってわけだ・・・・・・環境が厳しくなると奴らいっそう陰険に、自己中心的に、排他的になっていった・・・・・・脅しだってここんとこ効き目が・・・・・・何せこいつら生きようとしてる!・・・・・・冗談じゃなく!・・・・・・本気で・・・・・・いつもいつでも・・・・・・おずおずなんてしなかった!・・・・・・ここで退いたら死だと言わんばかり! おかげで少々面倒なことになった・・・・・・何を得るにもいちいち戦闘しなくちゃなんなくなっていた・・・・・・そりゃ連中屁でもない・・・・・・屁でもないが・・・・・・余計な手間かけさせやがって! あの池に忍び込める時間は限られてた! 夜中はあの野郎、ずっと遠くから耳をひそませてやがった・・・・・・敵に対しちゃあいつは俺以上にケモノだった・・・・・・部外者には水一滴だって飲ませたがらないんだあの化け物は!・・・・・・だからこっそり入るなら昼間だが・・・・・・それだって隙はわずかでしかない・・・・・・大体誰かしら水を飲んでた・・・・・・それにあそこは格好のたまり場にもなってて・・・・・・一度たむろしだしたらなかなか出てかない! しゃべりまくってるうちにまた喉が渇いて、また飲む! おしゃべる! 立ち替わり入れ替わり!・・・・・・延々と・・・・・・そうこうして日が暮れ! 夕去れば! あいつのお出まし!・・・・・・となりゃ、一番安全なのは夜明けだった・・・・・・あいつが眠りにつき、他の連中が起き出すわずかな時間・・・・・・虫だから朝には強いし・・・・・・意を決して池に駆け込んで、口を水に突っ込む!・・・・・・そりゃありがたいもんだ! 俺は無我夢中で飲んだ・・・・・・一滴だってこぼしたくなかった・・・・・・できるもんなら、池が涸れるほど飲んでいたかった! ただ、な、それにしても・・・・・・こうして跪いて、頭を低くしてなんてしてると、まるで土下座してるみたいだった・・・・・・次第に俺は屈辱的な気持ちになっていく・・・・・・心から自分が恥ずかしく、情けなくなってくる・・・・・・まるであの野郎の足下にひれ伏してるようにすら思えてきた・・・・・・水をペロペロしてるのが、やがてあいつの足でも舐めてるみたいに錯覚する・・・・・・俺はおぞましくなってきた!・・・・・・ここだって前は俺が好き勝手してたのに! それが今や! こうでもしなけりゃろくに飲めやしないなんて!・・・・・・だがどうせ、俺が狂気にでも駆られてそういう真似をしたとして、どうせあいつは俺を受け入れるなんてしないに決まってる!・・・・・・陵辱させまくった挙げ句、ぼろ切れみたいに放り投げるさ! くそっ! 飲まずも、飲むも地獄だった! でも、臥薪嘗胆! 堪え忍んでりゃそこそこいいことはあるもんだ!・・・・・・全体的にゃ、俺は気分がいい方!・・・・・・全てが俺にとって良い方向へと突き進んでるように思える! それに比べりゃ、あんな外道、ゴミだ・・・・・・フッと吹きかけるだけで、四散しちまう憐れな奴だ! 俺はもっと広大なんだ! でもさしあたっては、木の実だ!・・・・・・忘れてたわけじゃない!・・・・・・ただ一足遅かっただけだ・・・・・・奴ら実ったそばから食い散らかすもんだから・・・・・・木の排泄物を大口開けて喜んで待ち受けてて・・・・・・肉便器ってわけだった・・・・・・あいつら何にも気づいちゃいないだろうが!・・・・・・無法地帯じゃよくあることだが・・・・・・まあいいさ! 木立の中に、オーロットの奴が蠢いてる・・・・・・ちょっと、話し相手でもしてやろう! ちょっとは、木の実も持ってるかもしれないし!

 34
 ボクは暗闇の中、横になっている。それはとても確かなことだ。でも、とても真っ暗なせいで、ボクはあらゆる感覚を一時的に喪失している。ボクはどこにいるのか、どんな体つきをしているのか、どんな姿勢でいるのか、といったことがすべてあやふやになっているかのようだ。普通に考えれば、ボクはオンの洞窟にいて、プテラという種族の体格をしていて、地べたにうずくまるようにして眠っている。当たり前のことだ。ただ、何も識別できない闇の中で、目をつむっていると、そうとは知りながらも、ボクは果てしないくらいに独りなんだと感じる。まるで、この時だけ、ボクはあらゆる繋がりから切り離されてでもいるかのようで。束縛から解き放たれて、自由で、どこまでもきりがないくらい。 バカみたいだとボクも思う。考えすぎというものだ。実際には、ボクは寝ているだけなんだから。たったそれだけで、ボクの世界が一変するなんてことはありえない。そんなことで変容するほど、世界というのが単純じゃないなんて、こんなボクでも理解できることだ。ボクは世界に対して何でもない、けれど、だからといってボクはなんとも思わない。むしろ、それこそが素晴らしいことなんじゃないか! この森に暮らすみんなも、きっと言葉では言い表せなくとも、同じようなことを感じてるに違いない。 けれど、起きていることと眠っていることとの間の、この不安定な境目にいると、ボクはついボク自身について思いを巡らせてしまうのだ。ボクはボクがなんであるのか、相変わらずうまく説明することができない。オンは別に気にもしていないみたいだから、ボクだってそこまで真剣に思い悩んでもいない。たぶん、ボクというのは、誰かから尋ねられることのない限りは、存在しないものなんだ。だから、ボクはあくまでもボク、と言っているけれど、実際にはボクですらないのかもしれない。ボクはボクであることを、大して意識もしなくなっていた。 言ってみれば、ボクが漂っているのは、現実とそうでないもの(夢、というべきなのかもしれないが、それにはまだ達しないまどろんだ意識も含めて)が絶えず入れ替わる流れのまっただ中なのだった。(そうでなければ、どうして今、ボクの意識はくっきりとしているのだろう?) ボクはそこへ沈み込んで、溶け込んでいくのを感じる。ボクは当たり前のボクではなくなり、どんどん分解され、細かな粒が偶然に寄り集まって出来た集合体に過ぎなくなった、と思える。そこではどんなことだって可能だった。ボクは何だってありえる。というか、ボクがボクである必要はなく、たった一つの存在である必要すらないのだ、ここでは・・・・・・ ボクは俺で、俺はボクだった。ボクはどうやら横になっていて、俺は少し離れたところからボクを眺めている。ボクと俺は異なるものでありながら、同じものだと感じている。ボクは俺を通してボクを眺めているし、俺はボクを通じて俺に見つめられている。 俄に、暗闇はかき消え、くっきりとした空間に変わっていたが、それはどこであるとも言いがたかった。あるときはオンの洞窟で、あるときはオンの池やkさんの温泉のそばであったりする。ボクは俺の姿をはっきりと見る。全くボクと同じ姿をしている俺には、ボクが少し困惑しながら俺を見ていることがはっきりと分かる。でもボクは、俺が何を考えているのか、まるでボク自身のことのようにはっきりと分かっている。俺は、ずっとボクのことを探していたんだ、靄のかかった幻覚の世界を彷徨いながら、ボクを。俺のこれまでの苦労を、ボクはちゃんと分かっていた。なぜなら、その苦労はボク自身の苦労でもあるのだから。でもボクと俺は、近くにいながら、無限のような隔たりを感じている。俺はボクに近寄りたい、しかしなぜだか全然前へ進むことができない。体が凄まじく重かった。足をほんの少し上げるだけでも、永遠のような時間がかかった。一方で、ボクも立ち上がって、俺のもとに駆け寄りたいが、金縛りにでもあったかのように、全然、指一本持ち上げることさえできなかった。 俺がボクのそばにたどり着くまでに、おそらくボクの目覚めが先に来てしまうに違いなかった。そうしたら、また最初からやり直しだ。また、ボクが俺のいるこの幻覚に現れる、不確かな瞬間を待たなくてはならなくなる。 ボクと俺が出会えるのは、この奇妙な幻覚とでもいうしかない空間だけなのだ。それはちょっとおとぎ話めいてもいる。気まぐれに変化し続ける背景の前で、ボクと俺は対面し、強く意識し合った。けれど、ボクは俺が何者か、俺はボクが何者か、そもそもボク自身が、俺自身が何者なのか、全然分からなかった。あるのは、ボクが俺で、俺がボクであるという先天的な確信だけで、とにかく一緒にならなければ、何も始まらない、そうボクは、俺は、思うのだ、ぼんやりと、でも強く! 俺は、時間が残り少なくなってきたことを予感して、ボクに呼びかけようとする。ボクには、俺が口を開く前から何を言うかが分かっている。聞こえるか?! 俺だ! 早くおまえのそばに行きたい。そうすれば、何かが分かるはずなんだ・・・・・・ボクは答える、うん、そんな気がするよ・・・・・・俺にもそれがよく聞こえた。だから、早くこっちへ来てよ! なぜだかわかんないけど、動けないんだ・・・・・・俺だって動きたいのに体が言うことを聞いてくれないんだ!・・・・・・頼む・・・・・・ずっとそのままでいてくれ! きっとそっちへ行く! 話はそれからだ! 一緒になるんだ!・・・・・・でも、ボクは俺の言葉が次第に遠のいてくるのを感じずにはいられない。ボクはまた深い眠りに沈んでいく。俺は必死にボクに向かって叫んでいる、眠らせまいと、必死になって。 突然、俺は誰かに後ろから殴られたような衝撃を感じ、ばたりと倒れ込む。ボクは俺の意識が薄れていくのを感じた。同時に、ボクの意識もそのまま、ここからすうっと遠のいてしまうのをどうすることもできなかった。・・・・・・ ボクは再び独りになっている。今度は、空に浮かび上がって。仰向けの姿勢で、翼をはためかせていなくても、ボクは悠々と空を漂っていた。遙か上空には月が輝いていて、とてもキレイだ。穏やかな風がボクの体をくすぐる。何かに優しく抱きしめられているかのようで、気持ちが良い。ボクの体は、風船のように軽々としている。風は少しずつボクを上へ上へと吹き上げていった。ボクはこの上ない解放感を感じ、このままどこまでも、天まで昇っていけるとさえ思っていた。 けれど月に近づくにつれて、ボクの翼はドロドロとし、次第にポタポタと灰色の水滴となって地上へ垂れ始めた。月光のなんとも言いようのない力が、ボクの翼を溶かしてしまったらしい。両翼を奪われたボクは、瞬く間に下界へ転落してしまった。何日もの間、ボクは落ち続けたように思えた。速度はいや増し、自分が雨粒にでもなったかのように思った。ついに、ボクは地面に墜落した。衝撃の余りに、ボクの体は潰れ、石灰色に濁った水たまりになってしまった。ボクは声を出そうとするが、もはやどこから声を出せばいいのか分からない。 濁った水たまりになってしまったボクの上を森の住民たちが通り過ぎていった。誰もボクのことには気づかない。時々、水たまりに目をとめて、どうしてここだけこんなに濁っているのかいぶかしがるのもいるけれど、結局は大して気にすることもなく立ち去ってしまう。その中にはペラップさんもいた、コータスさんもいた、バンギラスさんもいた。ボクは長いこと、そのままにされていた。早くしないとボクは蒸発してしまいそうだった。 そのとき、オンがボクのそばに現れた。オンは素通りしそうになったものの、ボクの方を二度見すると、じっと水面を覗き込んだ。ボクにはオンの好奇心に満ちた瞳が、一際大きく見えた。鼻がピクピクと上下していた。耳も感情の起伏に従って、震えていた。オンは五感でボクのことを感じ取ってくれていた。ボクは思わず赤くなった、水たまりが赤くなることがどういうことか、全く分からないけれど。でも、オンはそれをもしっかりと感じ取ってくれていたんだ。「やっと見つけた!」 オンはそう水面で囁くと、音を立ててボクを飲み始めた。うっすらと赤みを帯びた舌が、ボクを舐める。ボクはあらゆる気持ちよさを同時に感じた。感じたこともない快感に串刺しにされ、打ちのめされた、何も言えなくなった。そうしてボクは少しずつオンの体に取り込まれていった。オンは我を忘れたように、ボクを味わっている。舌で舐めたり、口で吸ったりしながら、オンはボクの一滴すら逃さまいと躍起になっている。一口ごとに、ごっくん、喉を大きく鳴らしながらオンはボクを飲んだ。 最後の一滴まで飲み干したら、オンは深くため息をついた。ボクはすっかりオンの喉からお腹の中に収まっていた。そして、オンの体中に循環していくのだろう。ボクは暗闇の中で、これ以上ないくらいに幸福な気持ちでいた。オンのささやきが、体内にもこだましてきた。「ああ、美味しかった!」 夕方、目が覚めると、また体が汚れていた。あの時と全く同じだった。とはいえ、ボクは前ほどには狼狽していなかった。オンがまだ眠っているのを確かめて、体を洗いに池へ行った。今まで見ていた夢?・・・・・・のことを考えていた。長く、複雑な夢だ、幻覚なのかもしれないけれど。いったい、どう考えたらいいものか困った。俺というもう一人のボクのこと、そして、水たまりになったボクをオンが飲んでしまったこと。でも、こんな光景をいつかどこかで見たことがあると、ボクはなぜかはっきりと確信している。でも、それ以上のことは何も、思い出せなかった。ボクがこの森へやってくる以前のことのように、目に見えないものであるかのように。

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 予報によれば、この辺はまもなく雨が降ってきてもおかしくない。ペラップタブレットを守るために、雨宿りの場所を探し回っていた。オンの洞窟以外となると、雨からすっかり身を守れる場所はけして多いわけではなかった。オンとは先日喧嘩をした手前、顔を出しにくい。あっさりと顔出しをしたら、あの口論はなんだったのかという話になる。 当分の間、ペラップとオンとの間のやりとりは彼に任せることになっていた。ある日、彼がペラップのもとを訪れて、そのことを伝えて来たのだ。天気のこととか、縄張りの治安とか、お互いの知る情報は彼を介して交換し合った。お互いほとぼりが冷めて、もう一度話し合う気になるまでの措置だ。もちろん、こんな状態をいつまでも続けていくわけにはいかないとは、ペラップも、おそらくはオンだって分かっている。ただ、しばらくは互いの顔をまともに見ることはできそうもなかった。一秒だって耐えられないだろう。 様子を観察する限りだと、彼は相変わらず、何も知らされていないようだった。ただペラップの体調がよくないからとオンは説明したみたいだ。とはいえ、そもそもこの状況を引き起こしたのは、紛れもなく彼の存在だ。健康に気をつけてくださいね、と彼に気遣われると、おまえに言われたくないよ、と心の中でつぶやかずにはいられなくなる。屈託のない彼の笑顔を見るにつれ、もどかしい思いが募っていく。 彼は、オンからと言って、木の実をいくらか袋に詰めて持ってきていた。辛みのある実が多めに入っていた。あいつはあいつなりに気にかけてはくれているらしい。それはわずかながら安心材料だが・・・・・・ ちょうど大きめの木を見つけると、その陰に潜り込んで雨を待った。おおむね予報の通り、太陽がちょうど真上に昇った頃に、雨が少しずつ降り始めた。次第に強く、土に打ち付けて炸裂する雨を眺めながら、ペラップは木の幹にもたれかけた。両翼でタブレットは大切に覆い隠した。雨だとタブレットは全く使えなくなる。こんな機器を使うことが想定されていない場所なのだから当然だが、それにしてもペラップは手持ちぶさたになってしまう。この手の機械は水に弱いから、どんなことがあったとしてもおちおち水にさらすことはできない。ましてや雷だったら大変である。ということは、ペラップ自身も雨の間は一歩も木陰から出られないということにもなる。もはやこのタブレットは、ペラップの体の一部と化していた。 普段だったらオンの世話になっているところだから、これまでこういう状況はあまり考えてはきていなかった。しょうがないことではあるが、雨があがるまではここから一歩も動けないとなると、ほんの少しこの機械の板が鬱陶しくなるのだった。これを持っていると、その多大な利便性と引き替えに、野生の暮らし方の多くを犠牲にしなければいけなくなるのだ。 たとえば、飛ぶ、という鳥にはありふれた行動がとりにくくなる。飛ぶとしたら、必然的にタブレットを足でがっちりと掴んでいなくてはならないが、ペラップの足ではおぼつかない。それに、足に結構な重みがかかるわけだから、羽ばたきの力加減にしても、空中での姿勢の取り方にしても、普通とはだいぶ変わってきてしまう。こういうわけで、枝に飛び乗るだけでも一苦労だった。たとえタブレットを足で掴んだまま、うまく飛ぶことができたとしても、足が塞がっているわけだからすぐには枝に飛び乗ることができない。タブレットをうまく、枝の付け根のところに立てかける必要が出てくる。それもまたかなりの注意力を要する。もちろん、タブレットを置くことができる十分な幅があることが前提だった。長い距離を移動するとなれば、鳥でありながら、誰かの協力がなければ不可能だった。コータスのもとを尋ねるときには、オンの背中でも借りないといけない。 自分のような者が文明の利器を手にするということは、危うさもまた孕んでいることを、ペラップも十分理解してはいる。タブレットを持ち、その使い方を熟知しているとはいえ、ペラップは所詮ペラップであるに過ぎない。それなのに、ペラップとしては本来あるべき生活が、こうして制限されている。ペラップは文明の世界でも、野生の世界でも、中途半端な立ち位置に置かれている。どちらにも所属しており、そのせいで、どちらにも所属しきれていないという不思議な立場だ。そのような境遇を持ったペラップにとって、オンとの関係がまさしく死活問題になるのは言うまでもない。 オンとの信頼関係がこじれたことで、ペラップはそのことを強く意識せざるをえなくなった。目に見えるものは一緒でも、立場が変われば、その見え方は一変してしまう。親しく感じられたものが急にそうでなくなり、逆のこともまた同様だった。 雨の中からカゲロウのような輪郭が浮かび上がっているのが見えた。それはそそくさと、ペラップの前を横切っていくが、ピンク色のギザギザ模様だけが不自然に浮かんでいる。「おい、君」 呼び止められると、その透明な影はぴたりと動きを止め、踵を返し、ペラップのそばに近づいた。じんわりと、黄緑色の体が浮かび上がってきた。「あ、どうも、ペラップさん。ご無沙汰じゃあないですか」 正体はカクレオンだった。雨水に擬態して、あたかも透明な姿で森を徘徊していたのだ。カクレオンという種族は、ほとんどが縄張りの経済に携わっており、それが何なのかといえば、縄張り内の食料の管理がそれにあたる。食料とは、そのまま木の実のことを意味する。縄張りにとっては、木の実の数こそがその勢力の大小を左右する。そこで、住民が木の実を取り過ぎて食糧不足に陥るのを防ぐために、カクレオンに縄張り全体の木の実を管理させているのだ。彼らカクレオンは、毎日、一帯の木の実の数を数えては、その増減を記憶する。もし木の実の数が少なくなってくれば、縄張り中に摂取制限を取らせる権限まで握っていた。その手のやり繰りに関しては、なぜだかカクレオンの連中はみな優れているものだから、自然と、彼らは森中の縄張りの食糧管理を一手に担うようになったのだ。 そのうえ、彼らのネットワークでは、食料だけではなく、それぞれの縄張りごとの近況や、ゴシップまでがやりとりされているので、他の縄張りの話を知りたければ、カクレオンに尋ねるだけで、どんなことでも教えてもらえる。「ああ、お久しぶり」「雨宿りですかい」 カクレオンは木の葉の裂け目からのぞく雨雲を見るともなく見やった。「さすがに、ペラップさんは察しがいいですなあ。そのタブレットというのは、話に聞いてはいたが、やはり万能なのですね」「木の実の様子はどうだい」 ペラップ儀礼的に尋ねた。「この頃は大変育ちがいいようですよ」 とカクレオンは自慢げに答えた。「クラボ、カゴ、モモン、チーゴ、ナナシ、ヒメリ、オレン、キー、ラム、オボン、この辺りの基本種はみな堅調に実りつつあります。さらにいいことには、突然変異でネコブ、タポル、ロメ、マトマの実もなり始めていますね。これは、このエリアに木の実が豊富に繁殖していることの証でもあります。いい循環がもっといい新しい好循環を生み出しているというわけです。また最近では、オッカやイトケなんかも見られるようになりました。あなたもご存じの通り、人間の世界では大量生産されている種ですが、野生のものはなかなか珍しい。これらの実も順調に育っていけば、とても重宝しますよ。食用でももちろん結構ですが、薬としてはさらに有能なものですから。もしかしたら他にも新たな種が実っているかもしれませんねえ。私といたしましても、大変鼻高々です!・・・・・・」 カクレオンは短い両腕を高く掲げて、体を清めでもするかのように、一身に雨を浴びた。「この雨の恵みによって、さらに実が実るでしょう! 今から、私、数え直すのが楽しみでたまらなくて・・・・・・!」 ペラップカクレオンの止めどない話に熱心に耳を傾けていた。カクレオンの話といったら、商売人の面目躍如とでも言うように、もっぱら木の実の話ばかりではある。カクレオンは、他の地域の数値を引き合いに出しながら、オンの縄張りの環境がいかに豊かであるかを雄弁に語っていた。いつもなら辟易してしまうところなのだが、今のペラップはその長話を聴いて、むしろ心が温かくなった。ためらいも邪念も一切ない語りは、一つの出来のいい音楽のようにペラップには響いていた。自分の務めに忠実で、無垢と言ってしまえるほどに素朴な誇りをもって臨んでいるカクレオンの姿が、ペラップにはうらやましい。病人が、健康な相手に大して抱く強い羨望の気持ちだ。カクレオンのようでありたいと、思わずにはいられない。だがそれはまだ可能なのか?・・・・・・私は野生の純粋さから、取り返しも付かないほどに遠ざかってしまったのではないか?・・・・・・雨の降る音と、カクレオンの声の重なりは、pを今まで考えたことのないような思索へと沈めていった。「どうしましたか? 調子が悪いのですか?」 カクレオンは、ペラップの表情がにわかに重々しくなったのを察知し、すかさず尋ねた。「いやっ! いや、すまない。」 とはいえ、ペラップは上の空だった。いろいろな思いが頭に去来していた。ふと、ピカチュウのことを想い、特に用事もないけれど、雨が止んだら会いに行きたいと思った。オンとも、もう少ししたら改めて会って話をしたいと思った。互いの気持ちを分かり合うことができれば、きっと大丈夫だ、何せ、長い付き合いなのだから。そして、彼の問題。森にいて情報を集めているだけでは、いい手がかりを得ることは難しそうだった。「風邪を引いたらしい。雨というのは、やはり苦手だね。頭もぼうっとするし、寒気も走るし」「いやはや、お体には気をつけなければ、ですよ」 カクレオンは愛想良く相づちを打つ。そして、ペラペラと話を続けた。 タブレットを雨から守るためのカバーがあればな、ペラップはふと思った。

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 ペラップがそのように居心地の悪さを感じ始めていたように、オンにもまた微妙な心境の変化が起こっていた。 そばにいるとあれだけ口うるさくってならなかったpが、急に頼もしくありがたい奴と思えるようになってきた。一人で冷静にペラップの忠告を振り返ってみれば、それはいちいちごもっともだった。けれども、それを素直に受け入れることはできそうもなかった。実際、ペラップとまた顔を合わせるようになれば、頑なな心がまたぞろぶり返してくるんだろう。この振る舞いが、そりゃあ好ましいものなんかじゃないってことは十分、分かっているのに控えることもできない。もどかしい悩みだった。 しかし何につけてもあいつのことが頭によぎる、よぎってしまう。考えるのをやめようとすると、かえっていっそう考えてしまう。考えれば考えるほど止まらなくなっちまう。 高ぶってしまった気持ちを我慢することはもうできなくなっている。オンにできることといえば二つに一つ、陰でこっそりと空想に浸りながら自分のを慰めてやるか、手持ちの実で眠らせた彼を慰み者にするか、どちらかだった。今度もまた、彼を深い眠りに落とした。そして日の沈む頃までけっして目覚めることのない眠れる彼を、狂ったように眺めて過ごした。オンの振る舞いはだんだんと大胆になり、彼の体の敏感なところをさりげなく、しつこく、丁寧に撫で回す。それで彼が目覚めなければ、手さばきはいっそう過激になる。 彼のが無意識に立ちあがり、絶頂にさえ達すると、溢れ出た液体を手にとって舐める。それが彼から出たものというだけで、水よりも美味いと思えるのだから我ながらおかしい。ただしそれはいつも、というのではなく、一種の恵みだとオンは考えることにしていた。恵まれればありがたく受け取るが、無理に乞うものでは決してない。一応、オンは自分なりに一線を引いてはいたのだ。 だから、こんなことをしていてもオンは決して満ち足りない。いくらそのように彼を愛そうとしての、オンの気持ちが伝わることはいつまでもないに決まっている。そのことはオンを痙攣しそうなほどに身悶えさせる。だから、満たされない部分は、自分自身で補っておくしかない。そのためには、実現の見込みのない想像をしながら、せっせと耽る。 寝る前に、今にも暴れ出しそうな体を抑えようと、駆け込んだ木陰で脚を開き、自分の雄を扱きながらオンが思うことは、これを彼の大きな口や、尻尾の付け根にちょこっと走るあの切れ込みの中へ入れてやりたいということばかりで。淫らな想像は日に日に支離滅裂に、荒唐無稽なものと化していくのだった。それがどのようなものであったとしても、おそらくはオンが今まで経験したことのないくらいに、気持ちがよくて、幸福感に満ちているのは間違いないと思った。 もし、彼が自分と同じように感じてくれるなら、なおさら! それにしても、なぜこうも遠回しで、傍目から見れば馬鹿げてるとしか思えないことをしているのかといえば、相変わらず、オンの中で欲望と良心がいがみ合っていたからだった。雄が雄に真剣に欲情するということに対して、なおも心の整理がついていなかった。この気持ちは、嘘偽りない、純粋で、一途なものだってことは知りすぎるほどに知っている。 けれども、オンはこの愛情を恐れてもいる。オンが抱え込んでいるものは、下手をしたら俺の世界を一気にひっくり返してしまいかねない危ういものだと気づいていたから。俺にすら受け止めきれないことを、ペラップや他の仲間たちが理解なんてしてくれるもんなのか? それは俺の立場にふさわしいことなんだろうか? いや、何より彼だ、やっぱり彼だ、彼が一番問題で。もし他のみんな全員が俺の想いを認めてくれたとしてもだ、彼に拒絶されたらもうおしまいだ。その可能性をほんの少しでも想像しただけで、オンは絶望しそうだった。 縄張りの主としての自尊心と、彼への悶えるほどの想いとの板挟みになっているせいで、オンはひどく倒錯した行動に駆り立てられている。おかしなことは百も承知だ。でも、自分の欲望を最低限満たしつつ、周囲に体面を保っているには、こういうことをするしかないんだ、悪いか!・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・!! 高ぶっていた感情がふっと途切れると、にわかに空しさと恥ずかしさがわき上がってきて、オンはいたたまれなくなり、すぐさまいつもの大樹のもとを飛び回りに行った。上空の涼しい風を浴びながら、飛行姿勢を安定させることに心を集中させ、気持ちを落ち着かせた。ねぐらに戻ってくると、オンはさっきまでのことを考えて一人肩をすくめた。最近はもっぱらこの繰り返しな気がする。ペラップとはしばらく顔を合わせていないだけに、日々の時間はいっそう平板になっていた。 ペラップとの連絡は彼を介在させて続けてはいるが、さすがにずっとそんなことをしているわけにはいかない。オンがここまで来ることができたのは、ペラップの助言は欠かせなかった。ペラップの冴えた洞察力、それとタブレットを使った情報収集能力は、この世界にあっては唯一無二のものだ。俺はそいつにどれだけ助けられてきたか分からない。本当は、こんなことでぎくしゃくしていいわけがないのに。 なるべく早いうちに、仲直りをしておかないといけないけれど、さて、どう話をつければいいのか、相変わらず決めかねていた。まず第一に、なぜオンは彼をそこまでして自分のもとに引き留めておくのか、ということにもっともらしい理由を付けなければいけない。オンはあれこれと、理屈を捻り出してみるが、どれもpに通じそうには思えなかった。あやふやな屁理屈ならば、容赦なく論破されて終わりだろう。そしたら、状況がいっそう危うくもなりかねない。すっかり袋小路に陥っていた。俺が何とかしなくちゃいけないのに、一人ではどうにもならなそうだった。 こうしていい考えが浮かばずに、また一日が過ぎてしまう。次の日もまた次の日も、そして次の日も、とどめにもう次の日も・・・・・・死体蹴りか。 オンは洞窟の中で寝っ転がった。難しい問題を考えていると、頭が痛くなり、まぶたが重くなる。まだまとまりのない思いが心の中によどんでいたが、それも気づかぬうちに闇の底へ消えてしまった。眠っているのか、起きているのか、オンには曖昧だった。時間の感覚さえ、どうでもよくなっていった。

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 カクレオンの長話が終わり、雨がようやく止む頃には、日がほとんど沈みかけていた。ペラップは、タブレットを脇に抱えて、森の中を歩き始めた。脇のもう片方には、去り際にカクレオンにおすそわけといって、半ば押しつけるように渡されたオッカの実が挟まっていた。記念にいくつかとっておいてしまうくらい、カクレオンは嬉しかったらしい。ただ、ペラップはまだお腹は空いていなかったから、食べる気にはならない。でもこうして小脇に挟んで持ち歩くと羽根がふさがって面倒だ。といって、カクレオンの厚意を無駄にしてもいけない。 ペラップは池へと向かった。あの喧嘩以来、オンとの連絡は彼を通じてするということになっていたが、連絡役の彼と会うのは、日暮れ頃にあの池のほとりということに決めてあった。それはちょうどオンと彼が目覚めて活動し始める頃おいでもあるから、互いにとって一番都合がいい。その場所で、ペラップタブレットから得られる情報を彼に伝える。時たま、彼はオンからの差し入れと言って木の実を手渡す。それから、近況を報告し合って別れる。手短なやりとりだった。「あっ! こんにちは、ペラップさん」 彼は早いうちから池へやってきていたようだ。岸にぽつんと佇んでいる灰色の彼は、この風景には場違いな岩石のように見える。「やあ。遅れてしまって悪いね」 ペラップは型どおりに挨拶をする。「そんなことないですよ。ボクがちょっと早く来すぎてしまっただけで」 彼はそうせずにはいられないかのように、手を組み、両翼をこすり合わせる。「早く目が覚めちゃって。それにすごく喉も渇いてたし」「あいつはまだ寝てるのか?」「ええ。ぐっすりでしたよ。でも、そろそろ起きたのかな?・・・・・・それはそうと、もう元気になりましたか、ペラップさん」「小康状態だ。今は元気だが、もうしばらくは様子を見なければな」 きっぱりと答えながら、ペラップは苦々しい気分だった。「そうですか。早く回復するといいですね! オンも早く元気になったペラップさんに会いたいって言ってましたよ」 にこやかに彼は言ったが、こんなことをぬけぬけと言える彼のおめでたいほどの無邪気さは、ペラップを苦笑いさせた。ペラップが病気だということを信じ込んでいるのは、彼ただ一人だ。ペラップは病気の振りをして、オンはそんなペラップを心配している振りをしている。自分たちがこんなことになっている原因が、彼自身にあるということなど、思いもがけないことなのだろう。とはいえ、彼ばかりを責めたってどうにもならないことはペラップも分かってはいた。 一番の問題はオンだ。なぜ、このどこからやってきたのかも分からない奴に対して、いつまでたっても煮え切らない態度をとり続けているのか、なおも理解しかねた。そのせいで、この子はこの森の一員になりきれないのだ。 さっきもカクレオンが木の実談義の合間にふと漏らしていた。「それにいたしましても、この頃縄張り内でプテラのようなものを見かけるようになったのですがあれはどのような・・・・・・はあ・・・・・・へえっ?・・・・・・ははあ、なるほど・・・・・・いえいえ、私としたことがこれまで全く存じ上げなかったものですから。プテラなど話には聞いたことはあれど、こんなところで見るなど思ってもみませんでしたから。てっきり、以前オンさんから知らされていた部外者のことかと疑って、私としたことが、震え上がって透明になっていました! はははは・・・・・・」  ペラップと彼は決められたとおりに情報を交換し合った。さっきの雨が止んでからは、当分いい天気が続くことになっていた。オンにも、彼にも、ペラップにも、変わったことは何もなかった。「それとだ」 ペラップが声を張り上げると、一本の木ががさごそと揺れて、黒い影が落ちてきた。ヘラクロスだ。「は・・・・・・はいっ!!」 ヘラクロスは直立し、ツノをピンと突き立てた。「そこまで畏まらなくてもいい」「そんなところにいたんですか、ヘラクロスさん」「は・・・・・・はい」 ヘラクロスは恐縮する。 ヘラクロスはオンとの契約通り、池の近くの木を住みかにして、池の往来を見張っていた。小心者ではあるが、仕事ぶりは堅実で、池にやってきた住人の数、その種族、滞在時間まで正確に記憶していて、ペラップをえらく驚かせた。まるで池に監視カメラでも設置しているようで、外の世界で旅をしていた頃には、こういう機械が通りや街のあちこちに置かれていたっけなと、ふと昔を懐かしんでしまうほどだった。「そして、少し前に、プテラさんがやって来て、それから、ペラップさんがやってきた、というわけです」「そうか。ご苦労」 ペラップはさっきカクレオンから貰って手持ちぶさたにしていたオッカの実を取り出した。「褒美というのではないが、これを貰ってくれないか」「申し訳ありません! 僕は蜜しか食べられないんです!」 妙に毅然とした口調で、断られた。「そ、そうだったか」 ペラップは困惑して、翼にのった木の実をじっと見つめた。ヘラクロスが偏食家だとは、聞かされていなかった。ピカチュウもそんなことは話していなかった。まだ縄張りで暮らし始めたばかりとはいっても、ヘラクロスにはまだまだ思いがけないところがありそうだった。「なら、おまえにやろう。少しは腹の足しにもなるだろう」 と言って、ペラップは押しつけるように木の実を彼に渡した。「あ、ありがとうございます」 彼は受け取った木の実をしっかりと握った。 ヘラクロスは二人に馬鹿丁寧なお辞儀をすると、住みかの木の茂みの中に戻っていった。 いつもなら、二人も自然に別れるのだが、今日はペラップがなかなか別れの挨拶を言い出さなかった。彼の方も何も言えずに黙り込んでいた。 ふと、ペラップは決然として彼を見上げた。「なあ。ちょっと私に付き合ってくれないか」

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 飛んでいる間も、ペラップさんから貰った木の実をずっと掴んでいないといけなかった。それに背中にはペラップさんが乗っかっているから、飛行中の体勢にはいつも以上に気を配る必要があった。スピードもあまり出せない。 ボクはペラップさんから、外の世界に用事があるから背中を貸して欲しいと頼まれたのだった。ペラップさんはタブレットをいつも持ち歩いていて、それを持ちながら飛ぶことはできないからだそうだ。でも、それならオンのところに預けていけばいいんじゃないかとボクは思っていた。外の世界から小物を持ってくるときには、よくそうしていたからだった。でも、ペラップさんはタブレットを持っていくことにこだわっていた。「今回の用は、どうしてもこれがないといけなくてね」 まあ、ペラップさんがそう言うんだ。ボクが口を突っ込むことでもないんだろう。 出発する前に念のため、オンに伝えに言ったのだけれど、オンは寝床でぐっすり眠っていた。まだ起きていないなんて意外だった。たぶん、疲れているんだと思う。ボクもわずかながらではあるけれど、オンを取り囲む状況を把握できるようになってきていた。結局、オンのことを寝かせたまま、ボクはペラップさんと出発してしまった。 ペラップさんから貰った木の実、何となく持ってきてしまった。このまま持っているのは面倒だけれど、洞窟に黙って置いていっても、オンが戸惑うのではとちょっと考えてしまったのだ。どうしようか、グズグズと迷っていると、どんどん時間が経っていった。こうしている間にも、ペラップさんがボクのことを待っているわけで、ボクは焦る。けれども、考えて答えが出てくるようなことではなかった。ボクがどちらかを思い切って決断しないといけない話だった。 はやく! ペラップさんそう急かす声が聞こえたような気がして、ボクはぎょっとして、木の実を握ったままペラップさんの待っている池に戻って来てしまった。 いま、ペラップさんはさっきからボクの背中で、大事なタブレットを操作しているようだった。何かを叩くような音が、微かにボクの耳に入ってくる。「いやあ、森を抜けると電波が段違いだ。常に5本! ピンと立ってくれている。久々の光景だなあ・・・・・・ああ回線速度がみるみると上がっていく・・・・・・普段もこのくらい快適に接続できればいいんだけどもなあ。携帯会社は圏外をなくすとずっと前から意気込んでいたが、まったく、この辺りに鉄塔一つでも建ててくれればそれこそ劇的に変わるはずだが・・・・・・」 らしくなく独り言なんか話している。ボクに話しかけているのかもしれないけれど、たぶんそうじゃないだろう。だいたい、ボクにはペラップさんの言っていることがほとんど理解できない。「おっと。方角がずれているぞ。もっと北の方・・・・・・え?・・・・・・ああ、もっと右に頭を向けてくれ」「わかりました」 ボクは言われたとおりに方向転換する。「よし。しばらく真っ直ぐ飛んでいれば、そのうち街というのが見えてくる」「街?」「ヒトが群れ集って暮らす、広い土地のことを言う」「ヒト・・・・・・」「意外だな。おまえは、ヒトを知らないのか?」「なんだかピンと来ないなあ」「だが、おまえは外の世界からやってきたんだろう?」「たぶん、そうなんだと思うんですけど」 ボクはよくわからなかった。 ペラップさんはしばらく黙り込んで、タブレットをいじった。「まあいい。とにかく、大きな建物がたくさん立ち並んでいる街が見えてきたら知らせてくれ。そこからは、私が細かく指示を出すから」「わかりました! 任せてください、ペラップさん」 ペラップさんはまた黙々とタブレットで何かをし始めた。ボクもボクのことに集中する。でも頭の片隅では、さっきのヘラクロスさんのことを考えずにはいられない。そうか、池にはヘラクロスさんがいるんだった。

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 森の夕暮れ時、ピカチュウは晩ご飯のために腕一杯の木の実を取ってきた。木の実を持って帰る途中で、倉庫番カクレオンと出会ってしばらくおしゃべりをした。カクレオンは相変わらず機嫌が良かったのとピカチュウが可愛らしかったのとで、ピカチュウに特別な木の実をいくつも贈った。おかげで住みかに帰ってくるまでは、綱渡りをするように慎重な足取りをしなければいけなかった。 無事に住みかへ戻ってきたら、ピカチュウは両腕を胸元にぐっと引き寄せながら、体を屈めた。すると、ピカチュウの赤い電気袋から電撃がぱちぱちと爆ぜ始めた。そうして力を十分に溜めたら、体に溜め込んだ力を一気に解放して、木の実めがけて100万ボルトを喰らわせた。暗くなった森の中、ピカチュウの周りだけしばらくの間、昼よりも明るくなった。何事かと野次馬に来た、コラッタやらポッポなんかは、それが電撃だと気がつくとそそくさとその場を立ち去っていく。 強烈な電撃を受けた木の実は、あれだけ堅かったのが瞬く間に、程よい焦げ目がついて、柔らかくなっていた。ただ、いくつかは焦げすぎてしまっていた。「いただきまあす」 ピカチュウはぱんと叩いた手を、胸元にぴったりと当てながら、木の実の前で丁寧なお辞儀をした。それから、一個ずつ木の実を食べ始めた。食事中、ピカチュウはずっと笑顔を絶やさなかった。何を食べても、大好物で、幸せ一杯になれるかのようだった。 腹8分目となり、次の木の実を食べるかどうか、それとも後に取っておくべきかどうか迷っているときに、ヘラクロスピカチュウのもとを尋ねてきた。「あっ! ヘラクロスさんだ! やっほー、元気?」 ピカチュウ楽天的な挨拶に対して、ヘラクロスはぎこちない笑顔で返した。それはヘラクロスならば普通の反応だったから、ピカチュウは何も気にしていなかったが、ただ、ヘラクロスがもじもじしているのが気になった。明らかに何かを言いたそうにしているのに、なかなか言い出せないでいる様そのものだ。「ピカチュウさん、あの・・・・・・」 ヘラクロスは思い切ってそう切り出したが、そこから言葉が出てこなくなった。口はパクパクと動くのだが、音が出てこなかった。息さえも出てこなかった。 ピカチュウヘラクロスのペースに任せて、決して口出しはしなかった。首をかしげながら、ずっとヘラクロスの言葉を待っている。「僕・・・・・・は・・・・・・いや・・・・・・僕、は・・・・・・ああ・・・・・・ぼ、くは・・・・・・・・・・・・僕は・・・・・・」 ヘラクロスはそこで口を噤んでしまう。せわしい深呼吸を繰り返して、息をどうにか整えてから言った言葉はまたしても「僕は」だった。ヘラクロスは身震いし、きっとピカチュウの目を見つめた。 ヘラクロスの覚悟を決めたかのような目つきは、男前に見えた。ピカチュウは以前助けられた時にも、その目を見たことがあった。思いがけない時に、その顔を見てしまったので、どきりとさせられた。「あ、あ・・・・・・あなた、に・・・・・・あなたに、伝えたい、伝えたいことがある・・・・・・んです」 ヘラクロスは、溺れかけたかのように喘いだ。それを口に出すことができないと、殺されるとでも言わんばかりだった。「大丈夫だよ、ヘラクロスさん。何を言ったって、絶対に驚かないから!」 ピカチュウが声援を送ると、ヘラクロスの目が潤んだ。深刻そうな表情の中に、穏やかさが混入した。何を意味するかはよく分からないが、ヘラクロスはこくりとうなずいた。「ちつ・・・・・・あっ・・・・・・ああ・・・・・・みつ・・・・・・うん・・・・・・ぜーっ!・・・・・・はーっ!・・・・・・じ・・・・・・実はっ!!!・・・・・・」 ヘラクロスの勢い余った大きすぎる声で、辺りがさっと静まりかえった。けれど、それに一番驚いていたのは、他ならぬhrだった。再び優柔不断に陥り、やってきたときよりも緊張し、おどおどしてしまった。 ヘラクロスの目からはさっきの男前な雰囲気は消え失せ、ウソハチみたいな涙目になっていた。立派な三つ叉のツノが前方に深く垂れ下がって、枝のように重みでへし折れてしまいそうだった。 ピカチュウヘラクロスを励まそうと、そばへ駆け寄った。大丈夫だよ、ほら、この距離だったら大声出さなくてもいいよね、とそういうことを言おうとしていたのだったのだが、ヘラクロスは駆け寄ってくるピカチュウを何だと思ったのか、金切り声を上げて、後ずさった。「ああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」 ヘラクロスはいきなり頭を抱えて、茂みの中へ飛び込むとどこかへ走り去っていってしまった。その金切り声は至る所に共鳴して、まるで木の葉や草の葉の一枚一枚が叫んでいるように響いた。叫び声は地面の奥底からも聞こえてくるような気がした。地鳴りの起きるような錯覚までした。「ど、どうしたんだろ、ヘラクロスさん」 まだ指を耳から離さないまま、ピカチュウヘラクロスが走り去って行った方向に足を向けると、何かにけつまずき、空中にうつぶせに投げ出された。とっさに手を出すのも間に合わず、ピカチュウは地面にまともに顔面を打ち付けてしまった。  痛む顔を押さえながら、ピカチュウは自分が今つまづいた辺りを手探りした。そうしたら、何かの感触があった。手にとってよく見てみると、それは、何かとしかいいようのないものだった。

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 彼にとって、それは度肝を抜くような光景だった。街はピンと突き立っていた。森の木々より遙かに高くそびえる建物の群らがりは彼を圧倒した。この街に比べれば、自分たちが住んでいる森は地べたに寝そべっているようなものだと思った。そう思うと、彼はこのまま先へ進んでいくのに尻込みしそうにさえなったが、ペラップは至って冷静に、「平気だよ。野生の連中が街中に入ったくらいじゃ、誰も気になんてしないから」 と言い切った。「悪目立ちさえしなければな」 二人は街の灯のど真ん中に飛び込んでいった。彼の眼下に、見たこともないと思えるような街の景観が広がってきた。真上から見て垂直にそそりたった建物は、今にも自分たちに向かってせり出してきそうだ。このなんだかよく分からないものの根本の辺りで、大量の何かが絶えず蠢いているのが見えた。その粒のようなものがヒトなんだと、ペラップは説明した。ここからだとあまりにも小さく、弱々しく見えるけれど、この「ビルディング」を建てたのも、ペラップが肌身離さず携帯しているこの「タブレット」も、ヒトの発明品なのだ。そして、ヒトの作り上げたこの強大な縄張りを、「街」と呼ぶ。「ペラップさんは、よく来てるんですか? こんな、凄いとこに」「時々ね。」 ペラップタブレットの画面をさすっていた。「ツテがあって、欲しいものは何でも手に入れることができるからね」 街はピカピカ光っている。街は歌い、騒ぎ続け、一瞬たりとも黙ることがないようだ。オンたちが暮らす森とは全然、別世界だ。それなのに、この二つの異世界は同じ空で繋がっている。当たり前のことのはずなのに、彼にはそれをうまく理解することができなかった。この街は、夢のように、現実からかけ離れた場所に思えた。 興味深そうにきょろきょろと街を見渡す彼を、ペラップは密かに訝しく思いながら眺めていた。彼をこの街に連れてきたのは、ペラップが欲しいものを調達してくると同時に、もはや懸案事項となっている彼の素性の問題ついて、何か得られるものがないかと考えてのことなのだ。しかし、彼の様子を見る限りだと、人間世界を目にするのは本当に初めてみたいだった。 だが、そんなことがあるわけがない、とペラップは心のうちでつぶやいた。彼が外の世界からやってきたのでなければいったいどこからやってきたというんだ。宇宙から? 過去から? 異世界? 並行世界から? あり得ない。万が一だってありっこないだろう。彼がもともと森の住民でないならば、当然だが、この世界のどこかから流れ込んできたと考えるほかはない。どこかの古代研究所から逃げ出してきたか、どこぞのトレーナーか誰かが逃がしたのか、ペラップに想像できる合理的な可能性としては、どちらかしかなかった。「あ、ペラップさん。これからどこに向かえばよかったんですっけ?!」 目的の方向を指示してやりながらも、ペラップは彼が何かを隠しているような気がしてならなかった。やはり、核心には自力で迫るしかないのか、ペラップは改めて思った。これはもはやこの子だけの問題じゃなくなっている。オンが乗り気でない以上、結局自分がやらなければいけなくなる。 ペラップがため息をついたのに、彼は気がつかなかった。出発したときから握り続けている木の実が気になってしょうがなかった。やっぱり、オンのところに置いてきた方がよかったかなあ、と今更になって後悔している。

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 そこは、この賑やかな街にしては奇妙な場所だった。華やかに光を放つ高低さまざまなビルディングの合間から、場違いなくらいに薄気味悪い建物が現れたのだ。他の建物とは違って、どこにも光が灯っていないし、壁面の至る所にツタのようなものが生い茂っていて異様だった。ペラップにその建物を指し示されると、彼は何度もpに、本当にそこなんですよね、と聞き返してしまった。「そうだ」 ペラップは断言する。「でも、なんだか近づくと危ないような、そんな感じが・・・・・・」「大丈夫さ、一度入れば、たいしたこともない。ともかく、行けば分かることさ」 建物の庭とおぼしきところに着地すると、ペラップは彼の背中から飛び降り、つかつかと出入り口の扉の方に向かっていった。彼は怯えながら、辺りを見回した。華やかな街にはあまり似つかわしいとはいえない、この建物の周りは、金網状のフェンスで囲まれていた。しかも、フェンスの上から分厚いシートが覆い被せてあるから、外側からは中の様子を覗くのは難しいようだった。ただ、彼にはそういう環境が何を意味しているのかは、よく分からない。何となく気味が悪いという印象だけが先立っていたが、ここがいったいどういうところなのかは全く見当もつかないのだった。 ペラップが扉の前で一声鳴いた。しばらくすると、扉の奥からがさごそと物音が聞こえてきた。扉がほんの少しだけ開く。「私だ」 ペラップが半開きになった扉の暗闇に向かってささやいていた。「ボスに会いに来た。あれから少し間が空いてしまったものだからね、頼み事ついでに話も出来ればと思ってきたんだが・・・・・・ああ」 ペラップはなおも落ち着かないでいる彼の方を一瞥した。「あの子は私の連れだ。事情は後で話すが、一度紹介はしておこうと思ってね・・・・・・」 ペラップと、扉の向こうにいる誰かとは、まだ言葉を交わしていたが、彼は目の前の建物の奇妙さに気を取られていたせいで、彼らの話がよく聞こえていなかった。隣りのビルディングは、あちこちから光を放っているというのに、ここだけは死んだようにひっそりしていた。この二つの建物は、同じ「街」の同じ空間に位置しているはずなのに、どうしてここまで世界が違うのだろう、と彼は素朴に考えた。これならまだ、オンと暮らしている森の洞窟の方が、確かにあのビルディングのような光はないけれど、イキイキしていると思えた。 自然と、オンのことが頭に浮かんできた。さすがにもうそろそろ目が覚めた頃だろうか。だとしたら、今頃何をしているんだろう。そのように思いを巡らせてみると、ここからだいぶ遠く離れているのに、あの森の世界の方が、いま彼が立っているこの不気味な場所よりも遙かにリアリティがあるようだった。「おい!」 ペラップの叫ぶ声で彼ははっとさせられた。「こっちへ来い」 さっきからずっと半開きだった扉は、いつのまにやら大きく開かれていた。そこから、一羽のヤミカラスがゆったりとした歩調で現れ、左側の翼を深く胸に押し当てながら、長々と深いお辞儀をした。「態々遠方からの御足労、誠に感謝申し上げます。では、ご案内致しますから、お二方、此方へ・・・・・・」「ペラップさん、ここっていったいなんなんでしょう?」 戸惑いを隠せずに、彼は尋ねた。「ああ。ここは少々、訳ありの土地でね。とりあえず、詳しいことは中で話すことにするよ」 意外にも、建物の内部は思っていたほど暗くはなかった。廊下や部屋のところどころに、形も大きさも様々なランプが灯されていたからだ。そして、この建物にはヤミカラスが何匹も住みついているらしく、3人が通り過ぎると、皆一様に赤い目を向けてくるのだった。とりわけ、彼は図体が一回り大きいものだから、いっそう奇異の目線を向けられていた。「こんなところにプテラなんて珍奇だね」「ペラップさんが一緒にいる。少なくとも、不審な輩ではないんだろう」「あんな奴、親分に会わせていいものなんすかね?」「あの顎を見てみろよ。柔和そうに見えて、ありゃ凶暴だ」「空の王者、とか言いますからねえ」「ちょいと脅かしてみますかい、皆の衆?」「まあ、ここは様子見としよう。何せ、彼の連れだからな・・・・・・」 いつの間にか3人の周りを、ヤミカラスたちが取り巻いていた。先頭を行くヤミカラスが、邪魔になっているヤミカラスたちに翼で合図を送ると、彼らは黙って退くのだが、しばらくするとまた寄り集まってくるのだった。余程、彼を見かけるのが珍しいということなのか、3人の通る廊下はちょっとした祝祭のような体を成した。「誠に申し訳御座いませんね。矢張り、彼のことが気になって仕方ないのでしょうね。如何せん、我々一家は、常日頃、気晴らしに飢えておりまして」 二人を先導するヤミカラスは、振り向きもせず、独り言でもしているかのように話した。「再開発か」 ペラップが物思わし気に言葉を継いだ。「ネットニュースでおぼろげには知っていたが、今晩鳥瞰してみて、よく分かった。かなりの速度で進められているようだな」「如何にも。これまで我々は一家団結してこの土地を死守してきましたが、ヒトどもが再びここへ攻め入るのは最早時間の問題と言わざるを得ないでしょう。事実、見てお分かりでしたでしょうが、この土地の周囲が矢庭に開発されるようになりましてね。我々への最後通牒、ということなのでしょうな」「ええっ?! つまり、それってヒトと戦わなくちゃいけなくなるってことですか?」 あまりに物騒な話が飛び出したので、彼は叫ばずにはいられなくなってしまった。 すると、今まで陽気にこそこそ話をしていたヤミカラスたちが一斉に静まりかえってしまった。誰もがきょとんとして、顔を見合わせていた。彼は、誰もが薄々思っているけれども口に出すのを控えていたことをあからさまに漏らしてしまったことを悟り、申し訳のなさにうなだれた。「仕方ありませんよ。これは不可避の、現実ですから」 すかさず、先頭のヤミカラスが言い繕って見せた。「しかしながら、誰が敗北すると言ったのか! 軟弱者め! 如何ほど相手が野蛮な策を弄し、我らの四股を引き裂かんとすれども、畢竟付け焼刃に過ぎぬじゃないか。そんなものは、我が一族郎党、その結束の炎で以て、忽ちにして歪めてみせよう! これまでもそうだった! 況んや次をや!」 ヤミカラスが興奮に駆られて檄を飛ばすと、取り巻きたちの目つきがたちまち変わった。激しい情熱と、一家への愛に突き動かされて、瞳は燃え立っていた。全員が腹の底からけたたましい鳴き声をあげて応えた。鳴き声というよりも、咆哮といった方がいいくらいだ。目まぐるしく変わる状況から、彼はもう何も言えなくなってしまった。「安泰だな」 ペラップは熱狂する彼らに向かってつぶやく。

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 二人は応接間と呼ばれる他よりも広い空間に通されると、そこでしばらくお待ちいただくようにとヤミカラスに告げられた。表の扉でしたときと同じような深く長々としたお辞儀をして、ヤミカラスがいなくなると、彼はようやく肩の力を抜くことができた。ヤミカラスの群れからの好奇の目に曝されていると、なぜだかわからないが、心が激しく揺れ動いた。緊張したり、不安に陥るかと思えば、ちょっぴり嬉しかったり、誇らしい気分になったりして、目まぐるしかった。「大丈夫だったか? 思いの外、騒がしくなってしまったな」 ペラップが声をかけると、彼ははっとした。今の今まで、ペラップと一緒にいたことをうっかり忘れてしまっていたかのような表情だった。ヤミカラスたちの熱狂の渦の中に投げ込まれて、そこで神輿として散々に担がれた挙げ句、ここへ放り出されてしまったので、心ここにあらずといった体で、まだ自分がどういう状況に置かれているのか、よく分からないといった様子だ。 彼は曖昧にうなずいたが、ためらいがちな声がいつまでも糸を引くように続いた。ようやく、聞きたかったことが頭に浮かぶと、ペラップに言った。「ペラップさん、結局、いったい、この場所はなんなんでしょうか? なんだか、いろいろありすぎてボクにはよく分かんないです・・・・・・」 そこで、ようやくペラップは彼にこの土地のことを説明し始めた。ここはかつては、当然と言えば当然だが、ヒトのものだった。この街にある他の建物と同じように、そこでヒトが暮らしたり、集まって仕事というものをしたり、遊んだりもしていた。だが、街というのは時間と共に成長するものだから、古くなって使えなくなった建物は取り壊され、新しい建物に取って代わることになる。本当ならば、ここもそのようにして、取り壊されてしまうはずだった。そんなとき、この街のヤミカラスの一団が住み着いて、自分たちの砦に変えたのだ。「この建物の周りが、布で覆われていたのは見ただろ」「はい。あれじゃ、外から建物の様子は見えないですよね」「あいつらがここにやってくる時には、解体といって、ヒトたちがここを壊す作業をしていたんだ。あれはその名残りとでもいうのかな。何せ、ここは一晩のうちに占拠されてしまって、ヒトなんか誰一人近づくことができなくなってしまったからな」「だけど、さっきのヤミカラスさん、ちょっと不穏なこと話してませんでした?」 ペラップは大きく息を吸った。「うん。この頃は、街の連中が本腰を上げて、ここのヤミカラスたちを追い払おうとしているらしいのさ。これまでも、そんなことはなくはなかった。ただ、今度のやつは連中、かなり本気でいるらしいから、みんな戦々恐々としてるってわけだ」 街へ偵察に行っていた子分が、ある日持ってきた新聞から事態が知れた。この街の人間たちが「ym撲滅大作戦」と銘打って、自分たちをここから排除するために様々な対策を実施すると、そこには書かれていた。鳥使いたちを動員して、強力な鳥ポケモンを街に放つこと。ヤミカラスたちの溜まり場となるような衛生環境の悪い一帯を減らすことなどが、作戦の目玉だった。この情報はヤミカラスたちの間でたちまち広まり、大議論となった。ヤミカラスたちは、放たれる鳥ポケモンの種族はどうなるのか、「衛生環境の悪い一帯を減らす」という文面は、この場所を解体するという意思を示すものであるのかどうか議論をし、果たしてこの対策の脅威がどれほどのものか、検討しようとした。 当初は、今までと同様に、ヒト特有の口だけの脅かしと考え、さほど警戒を払わないでいたのだが、子分たちが次々と鳥ポケモンに襲われる事案がにわかに増え出すと、楽観論は途端に吹き飛んでしまった。今や、街の至る所で、プロの鳥使いたちから繰り出された鳥ポケモンどもが、ヤミカラスの一挙一動を監視している。ヤミカラスたちの勢力はじりじりと後退せざるをえなくなってきた。「そんなところへ、にわかにこの辺の土地の再開発が始まったんだ。再開発というのは、古くなった土地をいったん更地にしてしまったところに、新しく建物を作ることだな」「たとえば、近くのでっかいビル、とかですか?」「そうだ。少し前まで、この一帯にある建物は、まあ、ここと似たり寄ったりの年季の入ったものばっかりだったんだけどな」「ということは、やっぱり」「そう遠くないうちに、ここを潰そうとする動きがあるだろうな。だが、開発の速さを見るに、もしかしたら時間の問題かもしれん。明日あったっておかしくないさ」 彼はそれからどういう反応をすればいいのか分からなくなってしまった。初めてやってきた場所で、いきなり深刻な状況を聞かされてしまったが、ほとんど新参者で傍観者ですらある立場で、ヤミカラスたちの境遇に同情するのはかえって白々しいのではないかと思ってしまう。なおも持ち続けていたオッカの実を、意味もなく別の手に持ち替えたが、まもなく元の側に戻した。 何かを言おうとしても、言葉が全然出てこないでいる彼の戸惑いを察して、ペラップは言葉を継いだ。「ただ、あいつらはしぶといんだ。どんな逆風が吹こうが、愚直に前へ飛んでいこうとする。吹き飛ばされようがお構いなしだ。良い意味でバカなのさ。だから、私はそれほど悲観はしていないんだ」「仰せの通り。我々は断じて絶望などしておりません」 いつの間にか、さっきのヤミカラスが扉のそばに立っていた。柔和な笑みを浮かべながら、例のお辞儀をしてみせる。「お待たせ致しました。親分がいらっしゃいました。では、私はこれで失礼致します・・・・・・」 彼と入れ替わるようにして、ヤミカラスたちよりも一回り大きい体をしたものが、扉の奥から現れた。胸元の白い豊かな羽毛が、歩くたびに細かく震えている。時折、翼で山高帽のような形をした頭に触れながら、ペラップと彼の方に歩み寄ってくる。「ようこそ我らが砦へ。ペラップと、それから連れのものと聞いたが、プテラ君か、わざわざここまで来てくれて嬉しいよ」 親分は、両翼で二人を包み込むようにして、親愛の情を示した。「ご無沙汰していたな、親分」 ペラップは、にやりとしながら言った。「親分とは! まあまあ、堅い言葉は抜きにしよう。昔からの呼び名でいいだろうが。ペラップとドン、それで十分」「どうも。初めまして・・・・・・」 どうやら旧知の仲らしい二人の間に挟まれて、いたたまれなさを感じたせいで、彼の挨拶はかすれて、うわずった。 ペラップドンカラスは示し合わせたように、にっこりした。彼もまた、ぎこちない笑顔で応じた。

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 その頃、ピカチュウヘラクロスが落としていったのだろうそのよく分からないものを持って、池へ向かっていた。 困ったときには、まずはペラップに相談しに行くのだが、今日はどこをあたっても姿が見当たらない。しかし、ピカチュウは少しでも気になることがあると、もううずうずして、どうしようもなくなってしまう。 念のために、オンの住む洞窟も訪ねてみたが、やはりペラップはいないし、呼びかけても洞窟からは何の返事もなかった。とりあえず、中に忍び込んでみると、オンは床の上で寝そべって、静かにいびきをたてていた。電撃を浴びせて起こしてみたらどうなるんだろうと、興味本位で考えたが、オンがカンカンになったときの場合を思うと、さすがに冗談では済まなかった。 結局、ヘラクロスのところへ直接訪ねに行くのが一番手っ取り早かった。さっきは突然大きな声をあげながら走り去ってしまったが、素振りからして何かを伝えようとしていたのは間違いない。それだったら、このよく分からないものを返しにいくついでに、いったい自分に何を話そうとしていたのかも聞いてしまおう。これなら一石二鳥だ、とピカチュウはポンと手を叩いた。 池へと向かう途中で、ピカチュウは何度もそのよく分からないものを見つめ、これがいったい何なのかを考えた。しかし、それはどこをとっても、ピカチュウが見たことのないものだったから、それは草でも木でも水でもないし、石ともなんだか違う。説明するためのどんな言葉も浮かび上がってこないのだった。そうした言葉を与えてくれるペラップといった存在がないと、ピカチュウにはもうお手上げなのだ。それでも、ピカチュウの抑えられない好奇心がブクブクと噴き出してきて、止めどない。 この茂みを抜ければ、池のほとりに出るというところで、誰かの話し声が聞こえてきた。それも、あまり穏やかではない口調だったから、慌ててピカチュウは茂みの中に潜り込み、耳を澄ませた。「はい、それはもちろん、分かっていますよ。分かっていますけど」 はきはきと話すこの声は、間違えようもなくヘラクロスの声だ。ただ、いつも自分や森の住人たちに接するときとは違う、余所余所しい口調のように感じられる。何がもちろんなのか、もう少しそばで話を聞きたいのだが、少しでも動くと葉のこすれる音で、自分の存在が気づかれてしまう。「はは!・・・・・・あまり真面目くさって考えるなよ。よしみって奴だろうが・・・・・・ま、おまえとゆっくり話するのも、なかなか悪くなかった!・・・・・・考えてみろ、ここじゃなきゃ、話し相手なんかさもしくて!・・・・・・ここいらのグラエナだとか、ヤミカラスだなんてのは脳なしだからな・・・・・・ゴーストの方がまだまともで! 信じられるか?・・・・・・」 ヘラクロスはいったい誰と話しているのだろう、全然聞き覚えのない声だった。含み笑いをしながら、いつまでもくどくどと終わりそうで終わらない話をする話し方に、ピカチュウは本能的に嫌な感じを抱いた。それに、心の奥底に溜め込んだ苛立ちとか憎しみとかを、言葉に込めて、ツバのように吐き出すのが、体中がむずがゆくなってしまうくらいに不愉快だった。この声の主が誰なのかは知らないが、そんなことよりも、どうしてヘラクロスさんがそんな相手と話していんだろう。頭がこんがらがってしまう。「一度は経験してみるといい、オーロットと世間話なんてのも!・・・・・・乙なもんだぜ、おまえみたいなやつには特にな!・・・・・・その臆病癖も治りゃあ! なあ?・・・・・・ずっと前から思ってはいたんだが・・・・・・雌なんか一斉にひれ伏して! 股でも何でもおっ広げ! 何もかも! 何もかもおまえの思うがまま!・・・・・・あと一息なんだ・・・・・・まあ、ちょっと試してみる価値はある・・・・・・」 あまりのおぞましさに、ピカチュウは茂みの中で思いっきり身震いをしてしまった。あの気味悪い口調は、生理的にとても耐えられるものではなく、うっかり火の中に指を突っ込んでしまったら、誰だって反射的に指を引っ込めてしまうのと同じようなものだった。しかしそのせいで、ピカチュウが隠れている茂みだけが不自然に大きく揺れてしまった。 二人の会話は中断され、しばらくの間、息苦しい沈黙が漂った。明らかにこちらの方に視線が注がれているように感じられ、ピカチュウは中でうずくまったまま、目を閉じることも、息をすることもまともにできなくなった。それはいつまで続いたものだろう? 恐怖や焦りにとらわれると、時間なんてどこかに消えてしまうらしい。「用心には用心! 俺はもう行くが!・・・・・・・・・・・・」 それから、謎の相手がヘラクロスに何かをささやいたようだった。ただ、ピカチュウにかろうじて聴き取れたのは、その息づかいだけだ。やがて、何かが宙を切る音が数度聞こえた後、茂みが大きく揺すられる音が響き、その後は何も聞こえなくなった。 嵐が過ぎ去ったかのような、奇妙な静寂に包まれながら、ここから池に出て行こうかどうか、ピカチュウは決めかねていた。気になることはたくさんあったが、さっきまでひしひしと感じられた殺気を思うと、安易に顔を出しにくかった。けれど、ピカチュウの中では、結局いつも、好奇心が優るのだった。よく考えれば、深く考えるまでもない。ずっと胸に抱え込んでいた、このよく分からないものを見れば、どんなに迷っていたとしても、結論はもう決まっているのだ。 ヘラクロスは、池のそばであぐらをかきながら、どうやらじっと水面を見つめているらしかった。ピカチュウは忍び足でこっそり近づき、ヘラクロスの背中にたどり着くと、くるりと振り返って、ヘラクロスの丈夫な背中に深く寄りかかった。驚いたヘラクロスの体の震えが、そのままピカチュウの体に直接伝わってくる。「驚かなくてもいいよ、ヘラクロスさん」 ピカチュウは、ささやくように言った。「ピ、ピカチュウさん! どうしてここに?」 ヘラクロスは驚きというより、困惑と焦りのこもった声音をしていた。「急にごめん。なんだか、さっきのことがすごく気になっちゃって」「ああ。さっきはすみませんでした。本当に意気地なしで、僕は」「それに、さっきまでヘラクロスさん、誰かと話していたみたいだったね」 そう言われたときに、ヘラクロスは腕を強く組んで、ツノが水面に触れるくらいにうなだれてしまった。「・・・・・・もしかして、聞いちゃマズかった?」「いえ、何も問題はありません。何にしても、いつまでも黙っていられることではないと思っていましたから」 ヘラクロスはいきなりすっくと立ち上がった。支えを失って仰向けに倒れたピカチュウには、ヘラクロスの背中が、周りの木々よりも高くそびえ立っているように見えた。「むしろ、ピカチュウさんが僕の背中を押してくれました。やっぱり、話すべきことは話しておかないといけなかったんですよ!」 ピカチュウは足で勢いを付けて起き上がった。しかしその弾みでうまくバランスをとることが出来ず、前へ後ろへ重心がぐらぐらと揺れた挙げ句に、ヘラクロスの背中目がけて倒れ込んでしまった。 感情が高ぶったおかげで、ヘラクロスは池に向かって前掛かりの姿勢を取っていたので、倒れかかったピカチュウの重みが本当に彼の背中を押してしまった。ヘラクロスは顔から池に突っ込み、豪快な水しぶきをあげた。 慌てて池に飛び込もうとしたピカチュウは、そばに置いていたよく分からないもののことをすっかり忘れていたので、またしても躓いてしまった。ピカチュウの体が空中に浮かび上がると、そのままの姿勢でお腹から池に突っ込んでいった。 最後に、よく分からないものが、重心をゆっくりと池の方に傾けて、転がり落ちていった。着水音は静かで、ヘラクロスピカチュウの耳にも聞こえていなかった。

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 ペラップさんと、ドンカラスさんとの対話は朗らかに進んだ。やっぱりとは思ったけど、二人は昔からの知り合いだった。ペラップさんがトレーナーと呼ばれるヒトと旅をしていた時に、その頃はまだヤミカラスとしてこの街で暮らしていたドンカラスさんと出会ったのが、付き合いの始まりなんだとかいう。 そういう縁があって、ペラップさんが森で暮らすようになってからも、こうして時々は街にやってきては、話をしながら、必要なものをやりとりしたりしているみたいだ。 で、ペラップさんが今晩ここへ来た一番の目的というのは、ペラップさんのタブレットにぴったりと合うカバーはないか、ということだった。 ペラップさんの話を聞くと、ドンカラスさんは黒と橙色の羽毛が織り合わさった翼を鳴らして、誰かに合図を送ったようだった。 驚くくらいすぐに、ドンカラスさんに付き従っているヤミカラスが現れた。「この機種にちょうどいいカバーがないか、探させろ」 かしこまりました、とヤミカラスはすかさずカバーを探しに向かったようだった。ボクたちに見えないところで、ヤミカラスたちの威勢のいいかけ声が聞こえてきた。それは不思議と楽しげで、ちょっぴり滑稽だった。「まあ安心してくれ。ヒトどもがどんな策を弄していようが、我々の収集力が衰えたわけではない。ましてや、お前のためだ、今晩のうちには必ず希望に答えて見せるとも」 ドンカラスさんは胸を張ると、ボクの方へ視線を移した。興味深そうに、翼でクチバシの下の辺りをいじっている。「そういえば、君は」 ドンカラスさんは切り出した。「なんでも、最近から森で暮らすようになったとか」 ボクはドンカラスさんに、自分のことを一通り説明する。とはいっても、自分のことなのに、話せば話すほど、本当のことを言っているような気がしないのは何故だろう。あてになるのは、そんな気がするという頼りない感覚だけだ。「なるほど」 ボクが内心困惑しているのを知ってか知らずか、ドンカラスさんは話を続ける。「この街を見て、どう思ったか」「はい。こんな凄いところ、生まれて初めて見たような気がしました」 ボクは素直にそう伝える。「なるほど。ならば、もっとよく街を見物したいと思わんかね?」「えっ? いいんですか、そんなこと・・・・・・」「構わない。確かにこの頃は我々への監視は厳しくなっている。だが、私とて手をこまねいているわけではないのだ」 そうして、ドンカラスさんはボクに微笑みかけた。「といっても、どうすればいいのか・・・・・・」「子分を何人か同行させる。彼らはみな街のことは知り尽くしているから、忠告に従っていれば、何も危ないことはない」 ボクは、ペラップさんに助言を求めて目配せをするが、ペラップさんもドンカラスさんの提案に賛成のようだった。「安心しろ。奴らはそこのところはうまくやるんだ。それに、街をあちこち見て回れば、もしかしたら何か役立つ発見があるかもしれない」「部下どもも、君に興味津々のようでもあるしな」 ボクは二人にうまく丸め込まれるようにして、街へ見物に出ることになってしまった。応接間を出たら、もうヤミカラスたちがボクのことを待ち構えていて、あっという間にボクは取り囲まれた。いったいどこにそんな力があるんだろう? ヤミカラスたちはボクのことをひょいとかつぎあげてしまった。どんちゃん騒ぎの中、ボクは玄関口まで運ばれていった。「ささ、私たちに付いてきてください。親分の指示通り、あなたを街にご案内致しますから」「この街で一番高いタワーなんかどうでしょう? ヒトどもの役所の建築なんかも間近で見る価値はありますよ! それか歴史ある建造物がお好みですか? 自然公園も、森の自然とはまた違った趣がありますね。横町なんてのも覗いていきましょうか、居酒屋が立ち並んでいて、ヒトどもの食い物にもありつけますよ。それがまた粋でしてね・・・・・・」「こら、おまえの願望を押しつけるなよ。まずはお客さんの希望をお聞きするんだろうが」 で、いかが致しましょう?!・・・・・・ボクを見つめるきらきらとした目、目、目。ボクは爪でポリポリと頬を掻いた。「ええと、じゃあ、お任せします」 ヤミカラスたちは一斉に顔を見合わせた。ボクの方からお任せしますと言われて、どうすればいいのか分からなくなってしまったらしい。適当でも、タワーとか言えばよかったかもしれない。なんだか申し訳なくなって、ボクは恐縮してしまう。「じゃ、僕が案内する」 群れの中から、一匹のヤミカラスが現れた。口ぶりもそうだけど、見るからに、この子だけ他のヤミカラスたちとは違う雰囲気を漂わせているのが、ボクにも分かった。「あんたのお眼鏡にかなう場所ならアテがあるよ。グダグダ話してたって何も決まらないんだから、おまえらもそれでいいだろ?」 ヤミカラスたちの間からは、ボチボチとため息や舌打ちが聞こえたが、みんなしぶしぶとこのヤミカラスの提案に従っていた。嵐が来てしまった以上は、どう抗っても無駄、みたいな諦めだった。「決まり。護衛はみんながしっかりとするから、安心して付いて来なよ」 斜に構えた眼差しは、ボクというよりは、ボクの心臓を生々しく見つめているような気がした。仕留めた獲物を、もはや生き物としてではなく食べ物として眺めているときの目だ。「えー・・・・・・ちなみに、どこへ?」「あっち」 からかうように、ヤミカラスは本当にあっちを指す。ボクはぽかんとしてしまったが、それを全然気にする様子もなく。「あっち」

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 彼が戸惑いつつ応接間を出て行く姿を見送ると、ドンカラスは部下を呼び出し、愛用のキセルを持ってこさせ、それを器用に足で掴み取った。脇に控えた部下にマッチで火をつけさせると、吸い口をクチバシに持っていき、一服した。「おまえも何か吸ったらどうだ。こういうときにしか味わないだろう」「なら、お言葉に甘えるか」 ペラップはタバコを受け取ると、手早くクチバシでくわえ、火をつけてもらった。ゆっくりと煙を吸い込むと、その味をたっぷりと堪能した。タバコを足で掴みあげた後で、満足げに瘴気のような煙を吐き出した。「たまに吸うタバコは、やっぱりいいもんだな」「何本か森に持って帰ればいい」「いやな、向こうだと清純な奴だと思われてるからな。イメージを壊すわけにもいかないんだよ」「清純、か! 我々にはだいぶ不似合いな単語じゃないか」 ドンカラスは苦笑する。「お互いに淀んでいるし、濁っているだろうが」「ヒトの世界で生きてきたんだ。純粋でいることなんか出来ないさ」 煙と一緒に、言葉が吐き出される。「私たちは言うなればポケモンとしては堕落したわけだ。ヒトの世界で言えば、禁断の果実を食ってしまったようなものだな」 二人は地獄に墜ちたもの同士のように、諦めと、その裏返しとしての倒錯した誇りを感じながら、忍び笑いをした。 お互いに、せっかくのひとときだったから、自然と思い出話が始まった。まだヤミカラスだった頃のドンカラスが、堅物だったペラップを巻き込んで起こした「悪徳」の数々を一つ一つ振り返っては、笑いをこらえた。 それから時が過ぎて、ドンカラスが一家の首領となるにあたって、ペラップが進化の儀式にお呼ばれしたときのことを振り返った。貴重なやみのいしを調達するために、暇をしていたペラップまで駆り出され、わざマシンでどろぼうの講習を受けさせられ、めぼしいショップやらトレーナーやらから、手当たり次第にかっぱらったりなんかしていたのは、今となっては微笑ましい思い出だった。「時の流れは残酷か、そうでもないものか。遙か昔のような気もするし、つい先だってのことのようにも思われる」 キセルの煙をくゆらせながら、ドンカラスがポツリと口にする。「あの頃に戻りたいとか、考えてしまうことはあるのか」 そう聞きながら、ペラップはゆっくりと煙を吐いた。「いや。あの頃は、この素晴らしい時がずっと続くものだと、訳もなく思っていたものだけれどもな。終わってしまったことでも、不思議と悲しくはならない。今がどうあろうと関係なく、あの頃の幸福の感覚は、ずっとそのままの形で我々の心に残っている、この頃私は、それで十分なのではないかとも思うようになった。そもそも、そのような感覚を、切実に感じることが出来る者は、決して多くないからね。私たちは幸いなのさ、ペラップ」 そうして、ドンカラスは深くキセルの煙を吸い込んだ。ペラップドンカラスに合わせて一服しようとしたが、煙を吸い過ぎてむせてしまった。「動揺しているな。なるほど、つい過去を懐かしみたくなる嘆かわしい悩みを抱えているらしい」 ドンカラスペラップの内面を見抜いたかのように、断言した。「図星だろうな。いやいや、何も言わなくて結構。今から、私が言い当ててやる」 ペラップは翼を首元の羽毛をさすり、考える素振りをした。「間違いなく」 ドンカラスは、掴んだキセルペラップに突き出した。「あのptのことだな?」「さすが親分なだけはあるな」 ペラップは脇に用意された灰皿に、吸い殻を丁寧に落とした。「おそらくは私に言われなくとも、もうあらかた事情は知っているんだろう?」 老獪な笑みを浮かべて、ドンカラスキセルを咥えて長い一服をした。配下のヤミカラスたちのネットワークを駆使して、情報は抜け目なく仕入れていた。森の近辺にたむろしている札付きのヤミカラスたちを、甘言と脅迫を巧みに取り混ぜながら手なずけさせるなど、ドンカラスにとっては容易であり、彼らを通じて受け取る情報を通じて、縄張りの内部事情を街にいながら知ることができた。プテラの存在をだいぶ前から知っていたばかりではなく、ストライクがオンたちの縄張りに出没するようになったという情報も、こっそりと掴んでいたくらいである。「何、一目見ればすぐに察しがつく」「あいつのことについて、直接、おまえの見解を聞きたいんだが。」 ペラップは、彼が森にやってきた経緯をかいつまんで話し始めた。ドンカラスは、時折キセルの中身を変えさせながら、じっくりと耳を傾けていた。お付きのヤミカラスは忙しなく、灰皿を空にし、相づちを打つドンカラスキセルの中身を補充し、ペラップのタバコを新しく取り替えるために動き回っていた。応接間が煙たくなってくれば、ヤミカラスは換気をするために、窓を開け放ち、夜の冷たい風が吹き込んだ。「一番の問題は、あいつが自分の素性を、まともに説明できないということだ」 ペラップは、強く感情を込めて、「さっきの話しぶりを考えてみてほしい。まるで出来合いの話を機械的に繰り返しているようにしか聞こえなかっただろ?」「蓋し、彼自身もよく分かっていないようだったな。自分のことを話しているくせ、確信がないという印象を受ける。記憶を部分的にか、失ってでもいるのか、何らかの理由で嘘をついているか、だろう」「率直に言えば、あいつは何かを隠していると思うんだよ。それが、森に害をもたらすものかどうかまでは分からない。ただ、はっきりさせなければいけないことなのは確かだ」「ヒトの回し者、という可能性も否定はできない、と言いたいか」 ドンカラスはすかさず口を挟み、「プテラという種族は本来、ヒトの手によって化石から復元されているからな。しかも、元は古代の生物だったのだから、現在の環境で野生として生きていくのは困難。となれば、彼は以前ヒトの影響下に置かれていた、と考えるのがさしあたっては自然だ、というのがおまえの考えか」「そういうことになる」 ペラップはタバコをもう一本要求する。「ただヒトのもとから逃げ出したというのであれば、最初からそう言えば、何の問題もないはずだろう。なのに、あいつは記憶がはっきりしないとヘンテコなことを言うから怪しいんだ。あいつの体を観察しても、記憶を失ってしまうほどのショックを受けた跡は見当たらない。仮にそうだったとしても、記憶の断片くらいは残っていてもいいものじゃないか? とにかく、森に来る前のことについては、ぼんやりとしている、うまく言葉に出来ないの一点張りで困るんだ。正直に言って、そんな素性のよく分からないやつを置いておくのは危なっかしい。元が化石となれば、なおさらだというのに!」「だから、上司と喧嘩したのか。困り者だな」 ドンカラスキセルをいったん従者のヤミカラスに預け、足で首元の羽毛をゆっくりと掻く。「集団の長としては、いささか資質が問われるものな」「確かにあいつにはまだ未熟なところはあるが・・・・・・それにしたって、あの子に対して甘すぎるな。ろくに身辺調査もせずに、おまけに自分のねぐらに住まわせるんだからさ」 そのとき、ドンカラスはこらえきれずに笑い出した。「だがまさか、おまえにオンの心情が分からない、などということもないだろう? それは、けして我々に無縁のものではないではなかったか」 ペラップは一瞬、青白く浮かぶ月の幻影を見た。積み重なったゴミ袋、揺れる電線、消えかかった電灯の光を見た。幻か、遠くなのか、それとも案外近いのか、ヒトの騒がしい話し声や、車の往来の音が聞こえてきた。それをおぼろげにする小雨の音がした。そして、その景色の前面に、一羽のヤミカラスが妖艶な様子で佇んでいるのを、ペラップは見た。「もちろん、考えないことはなかったさ、もちろん」 うつむいて、わざとらしく咳払いする。「もちろん、脳裏によぎったことはある。ただ・・・・・・」「ただ?」「そんなことは考えたくなかった」「そうか」「もしそうだとしたら、私はどうすればいいか分からない」「ふむ」「まさか、そうなんだろうか・・・・・・?」「直接尋ねてみればいいことだ」 ドンカラスは脇に控えていたヤミカラスに何かをささやいた。ヤミカラスキセルと灰皿を片付けると、深いお辞儀をして、応接間を退いた。「さて、幕間といこう。どうする、ペラップ」 ドンカラスが翼を大きく広げた。「申し訳ないが、お断りするよ、ドン」「自分自身を平気で欺く。それがお前の欠点だと、昔から言っていたじゃないか? 過去に溺れることが必ずしも悪いこととは限らない」「でも、そんなことしたら」 ペラップは息が荒くなり、返事をするのもやっとだった。「言っただろう? お前は自分自身を平気で欺く。それに、優しすぎる」「・・・・・・」「香辛料のように、悪徳を持つがいい、ペラップよ」 ようやく、ペラップはうなずいた。

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 一羽だけ雰囲気が違うリーダー格(?)のヤミカラスを先頭にして、十羽ほどのヤミカラスの群れに囲まれながらボクは街を巡った。 街で一番高いという鉄塔にボクたちは止まり、広大な街を見渡す。リーダーのヤミカラスは、気のすすまないと言いたげな口ぶりで、大ざっぱに街のことをボクに説明した。分かったのは、この街はとてつもなく大きく、数え切れないほどの施設がそこに密集している、ということだ。「だって、そんな興味もないんだろ」 彼は冷淡に言った。「だいたい、詳しく話したってすぐに忘れそうなツラしてるし。無理して、気なんか遣わなくたっていいし」 鉄塔を飛び立つと、今度はとあるビルの屋上に降りた。わりあい低めなその建物からは、交差点というのが見えた。もう夜は更けているのに、おびただしい車だとかヒトが絶え間なく往き来していて、それでいて、何一つぶつかり合うこともなく、驚くくらい規律立って動いていた。「ま、ヒトってそんなもんだよ。じゃ、次行こっか」 ボクの印象が言葉にまとまるのを待たないで、ヤミカラスはさっさと屋上から飛び立ってしまった。慌てて彼に付いていかなくちゃいけなかった。「申し訳ありません。うちらから謝っておきますね。あいつ、本当にぶっきらぼうで、驕慢というか」 耳元でささやく割には、やけに大きい声で、ボクのそばについていたヤミカラスが声をかけた。 当てこすられた当のリーダーは、一切振り向かずに先へ進んでいった。 その後も、ずっとこんな調子で街案内は続いた。街の中でも有名らしい場所にとりあえず降り立ってみても、とても簡単な説明を済ませてしまうと、自分から勝手に飛んでいってしまう。ボクが質問をする機会すら与えてくれないのだった。 そりゃあ確かに、ペラップさんに突然ここへ連れてこられた手前、ボクはこの街を前にして困惑するばかりで、いきなり街を案内するともてなされても、何をしたらいいのか分かりようもない。とはいえ、リーダーなのか何なのかよく分からないヤミカラスに一方的に振り回されるのは、ボクといえども愉快であるわけはない。けれども、こうなってしまったからには、もどかしい気持ちを抱えたまま、ボクは彼に付いていかないといけない。「つまんないトコ見て回んのはもういいでしょ。そろそろ、いい場所を紹介してあげる」 突然、彼がそう言い出して、飛んでいく向きを変えると、周囲のヤミカラスたちが一様にざわつき始めた。「おい、馬鹿! そっちは、親分に行くなと言われてるじゃねえかよ!」「何かあったとしても、助けに行ける保証はないですって!」「いや放っときなよ。あいつがどうなろうが、俺らにゃ関係もないし・・・・・・」 けれども、彼は仲間たちの言うことには全然耳を傾けていないようだった。「来なよ」 そう、ボクに言う。「でも、みんなが危ないって・・・・・・」「来なよ」 彼は繰り返す。「あの・・・・・・」「来いって」 真っ黒な目でボクをじっとにらみつけて、彼は凄みを利かせた。尖ったクチバシがボクの鼻先にまで迫っていた。「あんたなら、たぶん、面白いって思うよ」 一切飾り立てをしない彼のささやきは、ボクは脳天から一撃をくらったみたいに恍惚とさせた。彼はボクが心の奥底で密かに考えていたことを、無理矢理引きずり出して、目の前で得意げにそれを振りかざしたのだ。そうなったら、もう選択肢はなくなっていた。ボクは悠然と飛んでいく彼を、意を決して追いかけていく。 後ろの方では、他のヤミカラスたちが慌ただしく翼をばたつかせて、騒ぐのが聞こえる。「おい! 帰って親分に報告だ!」「どうなっても知らんからな! 落とし前は全部おまえに払ってもらおうか!」「お客様に、傷一つでもつけたら、羽詰めてもらうから覚悟しろよ!」 彼を除いた他のヤミカラスたちは、みんな砦の方へと飛び去ってしまった。夜空に溶け込んでいくヤミカラスたちの群れを、彼はちらりと見やりもしなかった。彼がいまどんな気持ちなのか、ボクには想像もつかなかった。「ボクたちはどこへ向かうんでしょう?」 恐る恐る、ボクは質問するが、まともに教えてもらえないだろうってことは、薄々分かっていた。「あっち」 今度は顎をしゃくって、ボクたちが向かっている方角を指し示した。見えるのは街の夜景だ。それも、どっちを向いても同じようなものでしかない。「いちいち説明すんの、面倒くさい」「危険なところなんですか? みんなそう叫んでいたけど・・・・・・」 念のため、ボクは質問する。 彼は、そんなこと尋ねる必要すらないだろ、とでも言うかのように、無反応だった。「無事に終わればそれはいいんですけど。ただ、帰りが遅くなったら、ドンカラスさんとペラップさんが心配しませんか?」 退路を断ってしまったとはいえ、ボクはまた弱気になり始める。砦を出発してから、だいぶ時間は過ぎているはずだった。「あんた、本当に何も分かってないね」 彼は呆れながら返事する。「なんで、親分とペラップが、無理矢理あんたのこと街に連れ出さすように言ったのか、わかんないわけ?」 ボクはどきっとする。ペラップさんとドンカラスさんが、どうしてボクを? 思いも寄らない話だった。「ああ、本当の本当に知らないんだな。あんたって、思ってた以上にナイーブなんだな」 ヤミカラスは心から驚いたような表情をするが、なんだかわざとらしかった。「ま、ヒントくらいあげるよ。一つは崇高な理由。もう一つは下劣な理由、ってとこ」「はあ・・・・・・」「到着するまで考えてれば。いい暇つぶしにはなるんじゃない」 ボクは、彼が問いかけた謎かけを、飛行中ずっと考えることになった。崇高な理由と、下劣な理由? 崇高というんだから、それだけ大事な理由、ってことか。ボクを一時的に退けてでも、二人で話し合わなければならない相談があったって考えてもいいんだろうか。やっぱり例の撲滅作戦のこと? 大人の話だから、ボクがそばにいても仕方がないってこと?・・・・・・でも、彼の口ぶりは、もっと意味深なものがあるとほのめかしているようにしか聞こえなかった。 なんだか、謎を解くために必要な材料が、ボクには欠けているという気がしてきた。それがなければ、答えに近づくのはどうしても不可能に感じる。ボクには、根本的に何かが欠落している。「あの、たとえば、それって、今ボクたちが向かっているところと関係あったりするんですかね?」 ボクはせめてものとっかかりを求めて、彼に尋ねると、「さて、どうですかねえ」 はぐらかされた。 一方で、下劣な理由の方はいくら考えても、全然答えらしい答えが浮かび上がらなかった。下劣と聞くと、考えるのは自分のことばかりで。寝起きにたびたび見たあのイヤな光景が、ちくちくとボクの頭を刺す。もうこっちは考えるのやめ! ああ! それにしても、ボクはいつまでこのオッカの実を握り続けてなくちゃいけないんだろう? いっそここから落としてしまおうか、と考えてはみるけれど、そう思い切れないのがボクの性格だった。握りつぶしたくても、この実はあまりに堅すぎた。

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 興奮が静かに脈を打った。 まとまりのある言葉、思考が、緩慢に頭の中で形をとりつつあるのを感じる。ドンカラスのふっくらとした胸に顔を埋めるペラップは、まだ言葉にならない、赤ん坊のような声を漏らしながら、いっそうドンカラスの奥へと分け入ろうとする。自分からドンカラスの中へ取り込まれていこうというように。このところずっと感じていなかった衝動が、狂おしいくらいにペラップを突き動かしていた。 その間、ドンカラスペラップの音符形のトサカを、クチバシで取り繕ってやっていたが、穏やかにペラップを自分の胸から突き離すと、両翼で床の上に釘付けにした。ドンカラスは口をゆっくりと開き、ペラップに合図を送るために、首を少し傾ける。応接間にはまだキセルとタバコの煙が漂っていた。窓から差し入る月の光に照らされると、まるで神秘的なものを包み込む靄のように思えた。ペラップは、何も言われずとも、自ずと口を開いていた。 目の前に迫るドンカラスの目つきは、姿こそ進化しているが、あの頃から何も変わっていなかった。情愛に満ちているというのでもなく、乱暴な支配欲に取り憑かれているというのでもない。その目は、もし神様というのをこの目で見ることができるのであればきっとこういうものなのだろうと思えるように、無表情だった。無表情であるために、そこからはあらゆる感情を読み取ることができるように思え、そのくせどんな解釈もつっけんどんにはねつけてしまう冷淡さを持ち合わせていた。その説明しようのなさはまさに絶対的としか言いようがない。 ペラップドンカラスの表情に、慈愛というものを勝手に感じ取って、全身にその効能を受け入れて満足していた。ドンカラスの目に見つめられると、その途端にペラップは打ちのめされたような衝撃を受け、されるがままに、身を任せざるをえなかった。 時間の感覚は失われていた。ペラップにはそれが永遠のように感じられもしたが、ほんの一瞬であるようにも思えた。とにかく激しい感情が、ペラップに理性を忘れさせ、神がかりにさえさせていた。気がつけば、ドンカラスは顔を上げて、なおも絶対的な目線をこちらに向けていた。クチバシから垂れかかった唾液を、すかさず舌で吸い取りながら、「随分と忍んでいたのだな」 と語りかける。 体は雌のように濡れていた。うっかり体を動かすと、なんとも言えない感覚が静電気のように走り、たちまち全身を痙攣させ、あらぬ声まであげてしまう。すぐに恥ずかしさがペラップを火照らせる、でもその一方で、悦びとしか言いようのないものも同時にこみ上げてくるのが分かった。 ドンカラスのためにそうした目に遭わされるまで、自分の性について、ペラップは全く考えたこともなかった。純粋に野生であった頃の感覚は、それほど過去のことではないのに、ほとんど思い出すことができなかった。ボールに収まり、トレーナーと共に旅をしていた時でさえ、たとえば育て屋につがいと一所に預けられるといった経験も幸いかすることはなく、雄を自覚させる機会にはとうとう恵まれることがなかった。だから、あの時、知り合ったばかりのあのヤミカラスが不意打ちを仕掛けてきたときに、ペラップは正直に言って、深く混乱してしまった。何より、ヤミカラスの超然とした目線が、ペラップに考えるのを止めさせてしまった。「だが、苦しめたのは、元はと言えば、お前が、じゃないか?」 やっとのことでペラップは口にしたが、「・・・・・・違うんだ、悪い。私には何も分からない」「お前は十分、満足しているだろう」 楽しげに、全身を揺すらせる。「それが分からないんだ、体はともかく、頭が付いていかないよ」 ペラップはやっとのことで苦笑する。 強いてどちらかと答えるなら、ペラップドンカラスのことを愛しているんだろう。ただそれが、どのような意味合いであるのかというと、面倒が起こった。単に、仲睦まじい恋人同士のような関係であるならば、何も思い悩む必要はなかったかもしれない。そうであってくれれば、それはそれでまた別の葛藤を生むことにはなるかもしれないが、どれだけ楽な気持ちになることができただろうか。 この瞬間は、二羽にとって確かに幸福な瞬間だった。けれどもそれは、不幸な幸福なのだった。絶頂を過ぎた後に訪れる不安や虚無感のような幸福なのだった。 ドンカラスは意味もなく開いた窓の方を振り向いた。月は見えない。またキセルを吸いたくてたまらなくなって、やむを得ず深く息を吸って、漂う煙を吸い込んでみたら、かえって気持ちが悪い。「戻ってくるつもりはないのか」 ペラップの耳元にささやく。「また、私の参謀になってくれても構わないんだ。過去はもう戻らないだろう、だが未来はどうだ?」 しかし、同時にペラップドンカラスをおそれてもいる。ドンカラスとは出会った時からずっと、心が通じ合っているという確信を持てた。ヤミカラスたちの一党に混じって、行動を共にするようになって以降、その確信はますます強まっていったと思う。でも一方では、ヤミカラスが進化してドンカラスとなり、群れを率いる身分となり、そして街の連中と対立するほどまでの力を持つようになると、次第に恐れを感じるようになった。ドンカラスがリーダーとなったことで、ペラップの立場も一変していた。ドンカラスは参謀と呼んでいるけれど、ペラップの扱いは限りなく、そう言っていいなら、妾のそれに近かった。種族も違うし、性別の問題もあった。いたたまれなさが募り、とうとうペラップドンカラスのもとを離れることになったわけだが、二羽がそれを決断するまでにも紆余曲折があった。その当時の諍いは、今も口に出すのをはばかるくらいには、疼く古傷として残っている。「その言葉はありがたいよ、ドン。だが」「それほどに、森が大事か」「そのためにわざわざ来たんだからな」 強気に笑ってみせる。「お前のそういうところは、相も変わらず好きだな、ペラップ」 ドンカラスは再び、卵を温めるように、ペラップの上にのしかかる。 心地よさに溺れそうになりながら、やれやれと、つい心のうちでつぶやいてしまった。オン、あのプテラ、親しい森の住人たちの顔が浮かんでくる。それに、ピカチュウの朗らかな笑顔が。私はただ、静かに、ささやかに、幸せに、共にいる、それが一番いいのに。簡単なことのはずなんだ、どうしてこんなに思い悩まなくちゃいけないのか、誰も悪くないのだ、悪いのは、それは、ただ私自身が、甲斐性なしであるだけで。私に強い意志がありさえすれば、そもそもこんなことにはならなかったんだ。嗚呼、ああ。何もかもに、申し訳がない。「こうしていると、何も不可能じゃない気がしないだろうか?」 ドンカラスの声が聞こえる。「ああ」 適当に答えた。もちろん嘘だ。みんな嘘だ。そうじゃないか? 私は素直になることができない。

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 なぞなぞを考えるのはもう止めていた。その代わりに、前を飛ぶヤミカラスの鼻歌を聞くともなく聞いていた。夜の空は澄み渡っていて、とても静かで、その歌は空気中によく響き渡る。結構、きれいな歌声だと思った。「あ、もう着く」 ボクに言っているのか、単なる独り言なのか。ヤミカラスは振り向くこともなく、勝手に地上の方へと下りていった。 ヤミカラスの背中を追いながら、ボクはあの歌を、そういえばこのあいだオンが歌っていたのと同じだったと気がつく。ペラップさんから教えてもらったと、確か、外の世界で流行っているとか、そんなことを言っていた。ボクはそのとき、何て感想を言ったっけ? いきなりオンが歌い出したから、ちょっと戸惑ってしまったことの方が印象に残ってしまっている。「あの、ヤ、ヤミカラスさん」 話を切り出す。「今の歌って、何ですか?」「え? 今、何て?」 まるで、たったいま、ボクがいたことを思い出したかのような口ぶりだ。「いや、何でもないです」 仕返しのつもりで、そう言っておいた。 ボクたちはだだっぴろい場所に降り立った。そこは、あんなに高いビルが密集するこの街にしては、場違いなくらいに何にもなかった。ビルの群れは、闇に包まれた背景に、ぼんやりと浮かんでいるだけだった。街の中心部からは、ちょっと遠いところにまで飛んできたらしい。ここは、いわゆる公園というものではなさそうだった。ぞっとするくらい、人気を感じない。 間遠に並んでいる街灯が、ボクたちの進む先を不安げに照らしていた。これはいったいどこへボクたちを導くんだろう?「それは進んでからのお楽しみ」 はぐらかすヤミカラスは何故か楽しげだった。「最初から、そこに飛んでいってもいいっきゃいいんだけどさ。でも、こういう無駄も時には必要なわけよ」 街灯を抜けると、何やら大きなアーチがあり、そこをボクたちはくぐってさらに先へ進んだ。ヤミカラスはまたさっきの鼻歌を口ずさみ始めた。ボクはその歌のことを尋ねたくってたまらなかったけれど、またスルーされたらとか考えると、聞く気も失せてしまうのだった。それに、このヤミカラスのことだから、まともに答えてはくれないだろうという気も手伝った。 やがて、ボクたちの目の前に、大きくて深い溝が現れる。ヤミカラスがそこで立ち止まったから、ボクも歩くのを止めた。「ねえすごくない?」 ヤミカラスは言う。なんだか妙に興奮しているみたいだ。「この街のど真ん中にこんなものがあるなんてさ」「いったい何なんですか、ここ」 ボクは素直に言った。「発掘現場」 ヤミカラスは彼らしくなく即答した。「ここで化石が採れるんだ。ちょっと下に降りてみよっか」 すると、ヤミカラスは勝手に溝の中に飛び込んでいってしまう。ボクは慌てて、彼に続いた。溝の底は思っていたよりもずっと浅く、そのおかげで、着地のタイミングを測り間違えて、ボクは前のめりになって勢いよく地面に激突する形になってしまう。ずうっと手にしていたオッカの実が勢い余って、とうとう手から離れた。「大丈夫? ほら、立てるなら早く立って」 俯せのボクの鼻先に立って、ヤミカラスが声をかける。「大事なのはここからなんだから。ちょっと足下見てみなよ」 ボクは苦々しく立ち上がって、言われたとおりに足下に目をこらす。地面からかすかに、細いものがあばらのように浮き上がっていた。「これはあんたの仲間、の化石」 ヤミカラスは滔々と説明し始めた。「あんたが生きていた大昔には、ここは海辺だった。あんたの種族は、さすがに知ってると思うけど、遙か昔に一度絶滅してるんだよ。それを、今の時代の技術で蘇らせたわけ。奴らは、いつだったか何かの理由でみんな死んじゃったんだけど、海の底深くに沈んだそいつらの死骸には、たとえば川から流れ出た土砂とかがどんどんと覆い被さって、腐敗を防ぐ。そのおかげで、骨は長い間消えてなくなることもなく、ゆっくりと化石になっていったんだって、こいつみたいに。どう、面白くない?」「はあ・・・・・・」「あんただって、ついこないだまではこんな姿だったかもしれないのに?」 ヤミカラスの言おうとしていることは分かった。この骨のようなものが、実際に骨で、しかもボクの仲間のものであること。この仲間が死んだのはつい最近のことではなく、想像もつかないほど以前だということ。「ここ、とにかくプテラの化石がいっぱい見つかってるんだよ。まあ、一緒に見ていこうよ、せっかくだしさ、仲間に挨拶くらいしていきなよ」 と、ヤミカラスは溝の中を歩き回りながら、次々と化石を見つけてはボクに指し示した。プテラの牙、頭蓋骨、翼と指、肋骨、背骨の化石が、溝のあちこちに埋まっていた。それも、かなりの量あった。二体が折り重なっているように見える化石もあった。首とか、翼の部分だけが欠けたのも少なくなかった。「虐殺でもあったみたいだよねえ」 ヤミカラスは嬉々として呟く。「プテラの化石が一カ所にこんなに集まって見つかることって、今まで例がなかったんだって。しかも、研究者の話だとさ、もしかしたらプテラの群れ同士で争いがあったことを示す証拠になるかもしれないんだよ。そしたら、プテラの生態についての仮説を一から見直さなくちゃいけなくなるし・・・・・・」 ボクとよく似た頭の化石を見つめながら、ボクは冷え冷えとした気分に陥っていた。目の前のこいつは、とっくの昔に死んで、こうして化石になっている。動かないし、何も喋らない。一方で、ボクには肉体があり、精神があり、こうして生きている。そして、同じ種族であるはずのプテラの化石を、眺めている。ボクって一体何なんだろう? イヤでもそのことに考えを巡らせないわけにはいかなかった。森では、あまりまともに考えてこなかった問題に、ボクはこんなところで直面することになる。 相変わらず、オンと出会うよりも前のことは真っ白だ。記憶があったという感覚すらない。やっぱり、ボクもこいつと同じように、この間までは化石だったんだろうか? だとしたら、どうしてボクは今ここで生きているんだ?「ね? 僕の言ったとおり、面白いって思ったでしょ?」 そう問いかけるヤミカラスの表情は、ほくほくとしていた。 ボクは上の空だ。「でももっと面白いのはここからなの。1ヶ月前、ここで奇妙なことが起こったんだ」「1ヶ月前?・・・・・・って、どのくらいの時間ですか」「そこで話に釘刺すんだ。まあ説明するからいいけどさ。1ヶ月はヒトの時間の数え方だから。まあ、朝昼夜がワンセットで一日ってのは分かるでしょ? 1ヶ月は、だいたいそれを30回繰り返した時間のこと、ってことでいいよね?」 ボクがオンと初めて出会ったのは、どのくらい前のことだったっけ? ボクはちょっと気が落ち着かなくなってくる。「とにかく1ヶ月前のこと」 ヤミカラスは丁重に咳払いまでした。「この発掘現場からプテラの化石が盗まれたんだ。犯人はまだ捕まってない。もちろん化石も行方不明。でも、盗まれたっていうよりは消え失せたって言う方が近いかもしれないな。だって、プテラの化石を丸々一体、誰にも見つからずに、持ち去ったわけだしね。悪の組織ってやつ? が関わってるっていう噂もあるけど、それだったらもっとがっつりと盗んでもおかしくない。金が目的ならなおさらね。どうせ、警察だってなかなか手を出せない手合いなんだから、開き直って堂々とやるはずだよ。僕も一応、ワルの端くれだから分かるんだけど」「だとしたら犯人は誰なんですか?」「犯人は分からないけど、化石の在処なら分かるかも」 そのとき、ボクを見つめるヤミカラスの目は不気味に輝いていた。「だって、目の前にあるかもだし」 ボクはまだ、今のこの境遇に満足していたのだ。彼の言葉は突然の刃のように、ボクに刺さった。「ね?」

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 誰かにささやかれたような気がして、オンはばっと目を覚ました。夢だったのか? でも、目覚めたそばから見ていた夢のことなんて忘れてしまっている。そもそも、夢を見ていたのかどうかすら。 それにしても、随分と寝てしまった。洞窟を出ると、夜は更けていた。月が高く輝き、ヨルノズクの鳴き声がどこかからこだましてきていた。やらかしちまった、とオンは思った。いやしくも縄張りの主とあろうもんが、こんな時に惰眠を貪っているなんてあるまじきことだ。オンが夜中に起きて、縄張りの監視にその円盤のような耳を光らせているからこそ、住人たちは安心して過ごすことができるというのに。 オンはその場で脱力した。縄張りの主としての自信が少し崩れて、暗い考えが頭の中を巡り出した。身についた習慣が一度でも乱れると、取り戻すのはなかなか大変だ。反省しなくちゃいけない。せっかく、今の今まで順調にやってきたのに、ここのところ、なんだかふがいないことばっかりだ。 それも、彼がオンの前に現れてからだ。彼への抗いがたい感情が、オンの調子をえらく乱しているのは明白だった。しかし、ネガティブな心境に浸っていても、彼のことが少しでも脳裏にちらつくと、オンは狂おしい気持ちを呼び起こされて、たまらなくなる。あいつともっと一緒にいたいとか、できるものなら添い遂げてしまいたいとか、猛烈にあいつを抱きしめて、いっそのこと心の臓まで一つになってしまえばいいとか。全部、彼が現れるまでは考えたこともないことばかりだった。 胸が高鳴っている。顔が火照る。喉がカラカラに渇く。なかんづく股がうずいている。これってほとんど病気みたいなもんだよな、と自嘲する。「いつまでもこんなんじゃやってかれないんだっつうのに」 深呼吸する、口を最大限に開き、翼をピンと張り、胸を突き出し、背中を反らして、そのまま仰向けに倒れ込んでしまいそうなくらいになって、周囲の木々をすべて吸い込もうとするかのように、肋骨が浮き出るほどに、肺の限界まで空気を吸い続けた。絶頂に達すると、ピタリと動きを止め、一瞬の後に、すべてを吐き出した。空気弾が、目の前のものをことごとく吹き飛ばしているかのような想像をすると、痛快で、気分が爽快になった。「よかった」 オンは独りごちた。「まだ、大丈夫だよな、きっと、うん、だな」 それにしても、あいつはどこに行ったんだろう? 今日は特段言付けを頼んだわけではない。ただペラップと連絡を取り合って終わりのはずだ。それなら、もう帰ってきていてもいい。帰ってきたなら、うっかり寝ていた俺を起こしてくれているはずだ。 オンは縄張りをあちこちと探し回ったが、彼はいなかった。ペラップにも出会わなかった。いつも落ち合っているはずの池に行ってみたが、今度はそこを見張っているはずのヘラクロスがいなかった。池のそばの草むらの一部分がびしょびしょになっていたが、それがどうしてだかオンには分からなかった。 耳を澄ませてみても、誰の気配も感じられなかった。俺が寝ていた間に、いったい何が起きたっていうんだ? オンはいらいらし始めた。しかし、何が起きたのかがはっきりしない以上は、どうにもしようがなかった。本当に異常事態が起きたならば、誰かがオンのもとにやってきて、叩き起こしてでも伝えてくれるはずだ(一方で、夜中に爆睡している姿を誰にも見られなくて、本当によかった、とオンは安堵もする)。 まあ、何をしているのかは知らないけど、そのうちみんな戻ってくるだろう、ということにした。今晩はしくじってしまったけれど、気を取り直そうとオンは決めた。今からでも、主としてできることは済ませておこう。 オンは池で体を洗い、水を飲んだ。それから住みかへと戻り、洞窟のそばの木の上から、縄張りの音に耳を傾けて夜を過ごしていた。退屈しのぎに、ペラップから教えてもらったあの歌を口ずさみつつ。 気分が徐々に明るくなっていった。それまでの思い悩みをいったん忘れて、オンは気持ちよく歌っていた。幸せですらあった。

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「何が言いたいんですか」 ボクは反論する。「ここで盗まれた化石が、ボクだってこと? でも、そんなこと言われたって、信じられるわけないじゃないですか」「でも、可能性はあるじゃんか」 ヤミカラスはきっぱりと言うのだった。「別にはっきりした証拠があるわけじゃないし、僕は不良であって探偵ではないし。だけどさ、偶然にしてはちょっと不思議な偶然だと思うんだよねえ」「偶然? 何が?」「あんたがあっちの森に現れたのは、化石が盗まれてすぐ後のことだったんでしょ?」 それはボクがなるべく考えまいとしていたことそのものだった。ああ、きっとそういうことになるんだろうな、と思ってはいたけれど。ずばり指摘されると、ボクにはどう抗いようもないことだった。「んで、あんたは都合がいいってくらいに、過去のことを何一つ覚えてない。何を聞かれてもはぐらかしちゃうんだってね。記憶喪失って割には、頭を打った形跡もなかったって言うし、ますます怪しい、って思うじゃん」「ちょっと待ってください」 ボクは聞かずにはいられなくなって口を開いていた。「どうして、ボクと会って間もないあなたに、そんなこと分かるんですか!」「あれ? 話してなかったっけ」 ヤミカラスはわざとらしく首をかしげた。その様子は、丁重さを装っていながらも、かえってぞんざいさを見せつけるみたいだ。「親分の命令で、前々からあの森を偵察してたんだよ」 そう言われた瞬間にボクはぎょっとする。「・・・・・・いつから?」「だいぶ前からね。ほら、僕らって独自のネットワークがあるから。ってわけで、こう見えても僕、あんたらのこと、あんたらが想像してる以上に知ってるの。質問してみなよ。そこそこマニアックなことでもオーケー」「・・・・・・」「別にビビることないじゃんか。僕らの世界ではごく普通のことなんだし」 ヤミカラスは興に乗って、歌うように喋り出した。「まずあんたは、1ヶ月前に突然森に現れた。それでいて、なぜだか森に来る前のことは何にも覚えていない。頭はまっしろ。プテラって種族はいわゆる化石から復元されたものがほとんどで、野生は滅多に見られないんだよね? え、それも知らなかったって?・・・・・・面倒だな。とにかく、出自のよくわからないあんたみたいなのは、森の連中にとって本当は厄介な存在だと思われてんの。どこまで信用すりゃいいのかわかんないし。だけど、あんたが迷い込んだ森の縄張りの主のオンバーンは、あんたを引き留めて、あまつさえ一緒に住まわせているんだよね。おまけに、森の掟を無視して、あんたに何の見返りも求めずにいるものだから、余計。それが、あのペラップには不満だったんだね。まああの鳥、結構、秩序を重んじるタイプだしさあ、一緒にいて分からない? で、あんたのことが原因で、喧嘩をして、今は距離を置いちゃってる。ペラップが親分のところに来たのは、おおかたあんたのことで相談するためだろうね。あ、そうだ、これがさっきの”崇高な目的”ね。どう、難しかった?」 本当に頭がまっしろになっていた。ヤミカラスがからかうような目でボクを見つめていることに対して、何も感じないほど。何もかもが、ボクが聞いていたことと違っている。オンとペラップさんが、最近顔を合わせていなかったのは、ボクのせい? というか、ボクが、森のみんなにとっての厄介者だって?「そんなの全然聞いてない、なんだか話が違ってる」 ボクは自ずとぶつぶつつぶやいていた。「てゆーか、あんたもちっとは自分のことまじめに考えときなよ」 ヤミカラスの言葉が、うなだれているボクの背中を蹴る。「やっぱり、ボクっておかしいんですか」「もち」「じゃあ、もしあなたの言うとおりに、ボクが元々盗まれた化石だったとしたら、どうしてボクは生まれてきたんでしょう」「さあね」 ヤミカラスはさっきから、上の方をちらちらと気にしている・・・・・・「そんなの盗んだ奴に聞かなくちゃわかんないでしょ」「ボクはどうすればいいんでしょう?」「森の暮らしが気に入ってんだろー? だったら、自分で何とかするしかないじゃん」 ヤミカラスはじっくりと毛繕いをしている。「そうではあるけど、ボクには何のアテもないんですよ」「まあまあ、自分探しったって一朝一夕で済むもんじゃないし、アテがなくて当然じゃん。これはあんたにとっての冒険になるわけよ。分かる?」「ぼうけん、ですか?」「そ、冒険」 毛繕いを終えて、ヤミカラスはボクをしかと見つめなおした。「あんたは今、カントー地方への第一歩を踏み出した、ってことっすよ」「え?」「はい、あんたの蒙が啓けたところで続きはまた」 と無理矢理話を打ち切って、ヤミカラスは一声鳴いた。「じゃあ、もうこっち来てもいいよ」「話長過ぎ! ボクさっきからずうううっ、とうずうずしてたんだけど?」 いきなり、ボクらの脇に見知らぬ奴が飛び降りてきた。そいつは、鋭くとんがった口をくいっと向けて、じっくりとボクの顔を眺めた。いろんなことが立て続けに起きて、ボクは身がすくんでしまう。「すっげー! やっぱ、本物じゃんか! ボク、ずっとキミに会いたかったんだ! 嬉しいなあ!」「えっ」「あっ、自己紹介しないとね、ごめんごめん。エアームドっていいます。夜はこの辺の見張りやってんの。で、ヤミカラスとはタメ、ってやつ? それはともかく、はじめまして、よろしく、プテラくん」 聞きたいことが次々と頭に浮かんできたけれど、頭の中はごちゃごちゃしていた。ボクが口を開きかねているうちに、エアームドはどんどんしゃべり続ける。「ボク、この場所好きでさー。暇な時とか退屈した時とか、いっつもここに来てキミの化石を眺めてるんだ! 復元された姿って、実は生で見たことなくて、きっとかっこいいんだろーなーって、思いながら憧れてて。まさか、こんな風に出会えるなんてびっくりだよお!」「ええ・・・・・・」「キミってやっぱり、マジかっこいいね! ホント、空の王者って感じだよ! ねえ、ぶしつけで厚かましいお願いかもしんないけど」 分別を忘れるくらいの、えらいはしゃぎっぷりだった。「ボクと友達になってくれないですか?」「ええっ?!」「なっときなよ。冒険に心強い仲間は不可欠だし?」 ヤミカラスが横目でボクを見る。すごく、楽しそうだ。「あ、じゃあ・・・・・・はい」 もう、どうにでもなってしまえ! ボクはもう後先考えるのが面倒くさくなっていた。どうやら、ボクはこの一夜で、引き返せない境界を越えてしまったみたいだったから。「よっしゃあ! ボクって本当に運がいい!・・・・・・ってなんだこれ」 エアームドは、足下にぶつかった何かをクチバシで拾い上げた。それは、さっきボクが転んだ時に落っことしたオッカの実だった。「うわっ、木の実だ! ちょうど小腹空いてたんだよねー、食べちゃお」 ボクが言い出す前に、エアームドはさっさと足で殻を潰して割り、中の実をポンと宙に放り出して、そのまま口の中へ放り込んだ。喜ばしげに開いた羽根がぎらりと光った。「おいしーなー、なんだか体がポカポカする。で、なんでこんなとこに木の実?」「多分それ、こいつが落としたやつじゃないの。ずっと手になんか持ってたし」「えーっ! 勝手に食べちゃったや! ごめん、プテラくん」「大丈夫だよ、別に」(そうとしか答えようがない)「ありがと、プテラくん。せっかくだからボク、キミとたくさんしゃべりたいな、ねえ時間ある?」「朝になるまでは、余裕なんじゃない?」 ヤミカラスが勝手に答える。「りょーかい。じゃあ、まずさあ・・・・・・」 訳が分からないままに、ボクは斜に構えたヤミカラスによって、この場所に導かれた。もしかしたらボクの起源かもしれない場所。そして、エアームドとなんだか成り行きで友達ということにされて、朝の気配が訪れるまでずっとたわいないおしゃべりをして過ごすことになった。 この成り行きはボクをいったいどこへ連れて行くんだろう? 結末はなかなか見えてこなかった。

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 今夜の出来事は、ボクが今まで生きてきた中で(と言うくせに、どのくらいボクが生きてきたのか、ボクは知らないのだ)、一番濃密で、長く感じられた。その分、エアームドと別れてからは、目まぐるしかった。朝方に屋敷へ帰ってくると、ペラップさんとドンカラスさんが応接間で話をしながらボクのことを待っていた。用事はとっくに済んでいたみたいで、ペラップさんのタブレットは新しいカバーに装着されていた。ボクたちは、ドンカラスさんとヤミカラスたちにお礼を言うと、すっかり朝になってしまわないうちに、屋敷を、この街を飛び立っていった。あのヤミカラスは、ボクを屋敷まで案内し終えると、いつの間にかどこかに行ってしまった。 帰りの飛行中、方向の指示以外では、ペラップさんと言葉を交わさなかった。ペラップさんはだいぶ疲れたように見える。それに、ボクが街に連れられている間に知らされたことを思うと、ペラップさんと話をしにくかった。心の底では、ボクのことを快く思っていないことを知ってしまったからには、ボクがペラップさんに対してとってきた態度が、ボク自身、恥ずかしくてたまらなくなっていた。街へ向かう直前に、ボクはあれだけペラップさんの体調を心から心配していたのだ、そんなこととは露知らず。 新しくカバーをかけたこのタブレットを使って、ペラップさんが密かにボクについて調べようとしていたのは容易に想像できた。ボクを受け入れるか拒むのかを決めるために、正体を暴こうとしているんだろう。「おい」 ペラップさんがようやく口を開いた。「どうしたんですか、ペラップさん」「洞窟に戻ったら、オンに伝えてくれないか。もう体はよくなったから、今日の夜、またそっちに来ると」「分かりました。任せてください、ペラップさん」 体調のことをペラップさんが持ち出したのを聞いて、どうやらボクが相変わらず無知だとペラップさんが思っていることを確信した。ボクが、いまペラップさんの頭の中にあることを知っているとは、思いも寄らないのだ。ちょっとだけ得意になる。ということは、あの街中の化石発掘現場のことも、ペラップさんは知らないってことだろうか? 1ヶ月前に、そこでプテラの化石が盗まれたってことも? だけど、タブレットを使い、ドンカラスさんのところに相談へ行ったりもするペラップさんが、それについて全く知らないとも思えない。 ペラップさんは、ボクが夜中にどこへ行っていたのか、特に尋ねはしなかったけれど、ここはボクから話をしておくべきじゃないかとは思った。でも結局、ペラップさんには何も打ち明けることができなかった。とはいえ、ボクはオンやペラップさんとの関係を築き直さなければいけない。まだボクはボク自身のことを、全然よく分かっていないけれど、少なくとも今日からは、ボクは純粋無垢ではなくなったのだ。 太陽がそろそろ上ってくる頃に、ボクたちは森へ帰ってきた。たった一晩離れていただけなのに、ものすごく懐かしく感じられるのが妙だった。開けた池のそばに降りたって、ペラップさんとは別れた。タブレットを脇に抱えながら立ち去っていくペラップさんの後ろ姿は、弱々しく、とても頼りなさ気に見えた。 ただ、頭の中ではずっとオンのことを気にかけていた。夕べ、何も言わないで街へと出て行ってしまったし、その上、こんなに帰りが遅くなったのだ。きっと心配してる。気がはやった。ボクは飛ぶように、オンと住む洞窟へ舞い戻っていった。 もう寝てしまっていてもおかしくない頃合いではあったけど、オンはまだ起きていた。しかも、木の実を地べたに広げて、あぐらをかいて、まんじりもせず。木の実には一個たりとも手をつけてはいなくて、ともかくボクが帰ってくるのをじいっと待っていたらしい。集中して洞窟の一点を見つめ過ぎて、気が遠くなっていたみたいで、ボクが洞窟の中に入ってきても、オンはしばらく気がついてくれなかった。「帰るのが遅くなっちゃった。ごめん」「おう」 寝ぼけたような返事だった。「どこに行ってたんだ?」「ペラップさんと街まで出かけてて。用があるからっていうから、ボクがペラップさんを背中に乗せて、飛んでいって・・・・・・」 オンは耳を反射的に震わせながら腕を強く組んだ。自分で自分を抱きしめるみたいな姿勢で、考え込んだみたいだ。これは、オンが考え事をするときに決まってするポーズだった。ボクもそれくらいのことには気づけるくらいにはなっている。「どうしたのオン、物思わし気な顔して」「あいつ、体調崩してるとか言ったくせに、やけに活動的だなと思ってさ」「体調はよくなったって。明日から、またここに来るって言ってたよ」「そうか。ならよかった」 オンはほっとした表情をしてみせるけど、それが多かれ少なかれ嘘だってことを、もうボクは知っている。オンは、ボクのために、これまで不思議なくらいに気を遣ってくれていた。だけど、ボクに対して厳しく接さなければいけないのは、本当だったら他でもなくオンのはずだ。オンは縄張りの主で、この場所の秩序を司る存在なわけだから。それがいわゆる、森の掟、ってやつなんだっけ。ボクがこのまま居続ければ、オンに迷惑をかけることになる。なのに、オンはボクに向かって何も言わず、ここに置いてくれている。いったい、どうしてだろう? ボクにはまだその理由が分からなかった。「それで、何したんだ? その、街で」「ドンカラスって鳥のところに行ったんだ。ペラップさんは、なんかタブレットのことで相談があったみたいで。その間、ヤミカラスたちに連れられて街を案内された」 オンは、訝しげに思っているみたいだったけれど、それ以上のことはあまり深く尋ねようとはしなかった。 楽しかったか? 楽しかった。 そっか。 ボクとオンは差し向かいになって、食事をとった。洞窟の外はもう朝で、鳴き声がちらほらとここまで聞こえてきていた。少しだけ時間がずれただけなのに、ボクはなんだか気まずく、いたたまれないような気分だった。あれだけ飛び回ったにもかかわらず、食欲はあまり湧いてこなかった。オンも同じらしい。やがてボクもオンも手が止まってしまい、もともと黙りがちだったのが、木の実の擦れる音とか、かじられる音の響きとかすら聞こえなくなり、洞窟が静まりかえる。 話すべきことは話しておこう、とボクはいよいよ腹を決めた。「ねえ、オン」 オンはぼうっとしていて、話しかけられたのに気づかない。「え?」 やっと、オンは返事した。「どうしたって?」「えっと、いや、その、ちょっとしたことというか何というか、大したことでもないんだけど」 思いがけない態度をとられたので、ボクの決心はたちまち鈍ってしまう。いったんは決意を固めたことであっても、余計な邪魔に入られると、それまでの葛藤というかなんというか、そういうものが全部やり直しになってしまうじゃないか。ボクはおどおどして、けれど、一度話しかけてしまった以上は、何か言ってその場を取り繕わないといけなくなるのに、その言葉が全然浮かんでこなくて、ボクは戸惑う。「オンがこないだ歌ってたやつ。街のヤミカラスも歌ってたなーって」「え?・・・・・・ああ! あれかっ」「どういう歌か尋ねようとしたんだけど、尋ねられなくてさ」「そうだったのか」「・・・・・・」「・・・・・・」 ボクたちは困惑しあっている。ボク自身、突飛な話題を口にしたくせに、話を続けられずに、なんだか申し訳ない気持ちになった。オンはおもむろに手に取った木の実をかじった。かじった途端に、何かに気がついたかのように、しげしげとかじった実を点検しているようだったが、やがて残った分も口へ放り込んだ。「とにかく、街ってでっかくてなんだか、森とは全然違う場所だったよ、オン」 ボクは下手くそに、今日の出来事を要約する。 オンは深いあくびをした。本当に眠そうだった。仰向けに寝っ転がると、そのまま眠ってしまった。いきなり倒れてしまったようにも見えたから、ボクはびっくりしてオンを抱きかかえまでした。オンはぐっすりと眠っていた。体を強く揺さぶっても起きそうになかった。 仕方がないから、ボクもすぐ横で体を丸めた、けど、なかなか眠れなかった。疲れているはずなのに、頭は冴え渡っていて、考えようとしなくても、勝手に何かしら考え始め、いつまでも止まらない。今日起こったことに対して、ボクはまだ頭がこんがらがっている。 あの二羽とは、おしゃべりするというよりも、ずっと話を聞かされていたようなものだから、ボクはたじろじっぱなしだった。何をそれほどしゃべることがあったんだろう、エアームドは次から次へとしゃべり、しゃべり、しゃべり続けていた。ボクはエアームドの勢いに気圧されて、繰り出されるおしゃべりを受け止めきれなかった。おかげで、印象に残ったのは、エアームドの銀色の体が、月の光に照らされててかてかときらめいていたことだった。話しながら、ぶるぶるだったりくしくしだったりゆさゆさだったりと、体を忙しなく動かしていたせいかな? それにしても、ボクはものすごく気に入られてしまったらしい。またあそこで会う約束までしてしまった。ヤミカラスが事情を説明したら、彼、たちまち目を輝かせて、キミに協力したいと言って、ボクの足下に縋らんばかりだったのだ。なしくずしに、ボクはすべてを受け入れないといけなかった。いつ、どうやって会うんだろうとか、ちっとも相談せずに決まってしまったから気がかりだ。二羽とも、そんなこと心配する必要もないかのような態度だったから、特に気にしないことにしようとしか、まあ。 ともかく、ボクはそのうちまたあの場所へ行くことになるんだろうか。ボクはボクのことをはっきりさせないといけない、そうしないとまずボクはどこにもいられないのだ、そういう気はしてきたから。幸い、この森から街への道のりは、何となく覚えたから、ボク一匹でも行けないことはない。ヤミカラスに告げられたことが、どうしても心に引っかかる。そんなことは何の根拠もない言いがかりかもしれない、だけど本当だったなら?・・・・・・ さっきは言いあぐねてしまったけど、目を覚ましたらオンに伝えることにしよう。よしっ。ボクは目を開き、洞窟のほのかな明るみを見つめていた。朝なのだ。森の住人たちが、目を覚まして動き始めている。ボクはこれから眠る。そのことが今更、不思議になる。