なぜかガラル転生したコライドンだけど、イケメンなのですべて何とかなった 37話

 

第1部、完。ってことにしておきます。性の悦びをイヤイヤながらも知ってしまったコライドン兄貴の明日は……どっちだ

 

37

 

 もちろん、何事もなかったように眠ることは難しかった。エンジンシティとスパイクタウンという、ただ名前だけを知っている街同士を繋ぐ巨大な石橋の物陰は、ジャラランガがねぐらにしているところであり、この土地に訳もわからず流れ着いた(その言い方も適切かどうかわからない)コライドンが今日まで毎晩横になってきた場所に違いないのだが、まるで初めてここに来たときのように、居心地の悪さが感じられた。
 石壁にもたれて目を瞑ったが、一向に眠気は訪れそうになかった。思いっきり欠伸をかまして、眠そうに振る舞ってみてもかえって目は冴える。隣で同じように壁にもたれていたジャラランガはあっという間に眠りについていて、意識がぷつりと途切れるとそのままカラダが傾き、巨大な塔が崩れ落ちるように、ゆっくりと横倒しになってしまうのだった。鱗が重なり合って派手な音を鳴らしたが、持ち前の「ぼうおん」のおかげか、平然と眠っていた。
 規則正しい健やかないびきに、コライドンは耳を傾けている。傾けようとする。やっとここに帰ってきてから、ジャラランガはまず自分に近くの池でカラダを洗わせた。その間、ジャラランガ自身お清めでもするかのように、身にまとわりついた汚れたものを落とそうとするかのように浅瀬に半身を沈めた。静かな水音だけがしていた。それが済んでから、ジャラランガにきのみを勧められたけれど、コライドンは黙って首を横に振り、そのまま壁に寄りかかりうずくまって、できるものなら——眠ろうとしたのだった。
 まるでまだガブリアスやミライドンがそばにいて、耳元で良からぬことを囁きかけているように思えた。なんと言うことはないそよ風でさえ、コライドンの背筋を震わせるには十分だった。胸の鼓動がまた激しくなり、目まぐるしい速度で血がカラダを巡っているのをコライドンは感じる。まるで水中にいるかのような息苦しさだった。
 さっき池でカラダを洗っていた時のことを思い返す。ジャラランガの目に触れないように水中に全身を沈め、両爪で尻たぶをぐっと左右に押し開いて、直腸になおもこびりついていた精液を放り出した。ガブリアスの精は寄生虫のように尻から飛び出してきて、細く長い糸を引きながら、あたかもドラパルトに甘える育ち盛りのドラメシヤたちのように、自分の周りをグルグルとまとわりついた。これをカラダの奥にまで注がれているあいだに、下腹を襲った疼きが思い出され、それだけでまた勝手にイキそうになり、うっかり水を飲んでしまいそうになった。
 尻にはまだガブリアスの感触が残っている。奴が満足するまで手抜かりのない抽挿が繰り返された直腸は、カラダはまだアイツのモノの形をしっかり覚えこんでいて、いまコライドンのカラダに石膏でも流し込んだら、その通りに型を作れてしまいそうだった。下半身を力ませると、アナルのあたりにヒリヒリとした痛みと、ぶりゅりゅ、あの異物を放り出す瞬間に感じられた不快感と快感がないまぜになった奇妙な感覚が走る。コライドンの精悍な肉体は、改めてガブリアスという雄の支配を思い出して、よわきになったアーケオスのように怯えてしまう。
 眠るジャラランガと向き合うようにコライドンはうつ伏せに横たわる。いっぱしの大人のくせに無邪気な寝息が顔を突き合わせているとよく聞こえる。
 さっきこいつと向き合っていた時、一体俺は何を期待していたんだろう、とコライドンは思う。俺は咄嗟に、ジャラランガを抱きしめようとして——嗜められてしまった。それは当然の結果で、コライドンがしようとしていることはまるで筋違いだったし、コライドン自身にしたって、なぜそんなことをしたのか説明するなんて無理だった。その先に何を期待していたかなんて、もう考える必要もないし、考えれば余計自分が嫌になってくるだけだった。ただ、ごく自然にそのような発想を、くだらない妄想とはいえ、してしまったことにコライドンは恥ずかしさとかたじけなさを感じないわけにはいかなかった。
 その拳で思いっきり俺の頬を殴ってくれてもよかったし、きっとそうするべきだったのに、とコライドンは、ジャラランガの無防備な寝姿を見て思う。いや、そもそも、ガブリアスのところには絶対行くなと言われたのに、行ってしまったということに対してもっと怒ってもいいはずだ。けれど、ジャラランガはただ静かにコライドンに寄り添ってくれるだけで。その優しさが何よりも辛い。
 いつもジャラランガうたた寝をしたり、腕立て伏せをしている木陰に、何かが無造作に置かれているのが目に留まる。縁の丸いステンレスの鍋が二つ並んでいた。ワイルドエリアを行き来する人間たちが、こういうものを残していくことがあるんだよなあ、とジャラランガが言っていた鍋だった。片方の鍋を覗き込んでみると、中に何か黒いものが詰まっていた。コライドンは一瞬渋い顔をしたが、漂ってくる匂いは寧ろ快い類のものである。
 パルデアにいた頃にも、こんな香りを嗅いだことがあった、とコライドンは俄かに思い出される。あれは何だったっけ。スパイスを効かせて鼻をツンと刺激するそんな香りだったことは覚えているんだけど。パルデアの記憶が具体的な輪郭を失いつつあることに内心震えながら、それを指で掬って口に入れると、冷め切ってゼリーのように固まってしまっているけれど、ピリッとした辛さが舌に染み込んだ。
 もう一つの鍋を覗き込むと、水分を失ってかぴかぴに乾燥した米粒が固まっていた。辛うじてまだ柔らかさを残しているそれを摘んで、隣の鍋の黒いものと合わせて口に含めると、米の甘さと黒いものの辛さが混ざり合って、ハッとしてしまうほどの味だった。温めたらきっともっと美味しかったろうに。
 眠るジャラランガを振り返る。素知らぬ振りをし、決然と眠っているジャラランガはこの鍋のことについて何も話さなかった。ジャラランガは腕によりをかけてこんな料理を作っていてくれたあいだ、俺はいったい何をしていたんだろう。ひとたび欲望をとち狂わせたせいで、みんな台無しにしちまったんだ、俺が。
 堰を切ったかのような感情が、今度は両目の穴から溢れ出した。雨が降ってもいないのに、視界はぼやけ、間近のものさえよく見えなくなった。肩が勝手に震える。声を上げないでいるのがやっとだった。
——気取るなよ/素直にナルことです。所詮は/結局ハ、お前/あなタも、「こっち側」/「コッチ側」なんだから/なんでスカら。
 コライドンはジャラランガのそばにしゃがみ込んで、ちょっとやそっとでは起きそうもない寝顔をじっと見つめ、穏やかに微笑みかけた。ありがとう。ごめん。俺って、結局ヤリたいことヤリたいだけの変態だからさ、お前のそばにいたって迷惑なだけだと思う。だから、ごめん、ごめん。それから、キッパリと背中を向けると、夜が明けてしまわないうちに静かにその場を離れた。