なぜかガラル転生したコライドンだけど、イケメンなのですべて何とかなった 36話

 

 36

 

 その晩はジャラランガに肩を支えられながら帰路に着いた。その間、二匹は何も言わずに、しんと静まり返った夜のワイルドエリアを進んでいた。
 ようやくガブリアスのペニスから解放されると、ペニスの太さをそっくりそのまま保存したコライドンのアナルから白く濃厚な精液がゴボゴボと泡を立てて流れ出した。思わず大臀に力が入って、みずでっぽうのようにピュッと飛び出すのを、ガブリアスは肩を揺らして笑いながら眺め、また一発鰭で音高く尻を打つ。
「ぅおっ——」
 と、飛び出す声もすっかりガブリアスへの従順さが滲み出て、哀れだった。ミライドンは満足げに両手を打ち鳴らしていた。ジャラランガはようやく束縛から逃れることができたが、両腕は力なくぶら下がったまま、振り上げる気力さえ失ったまま、その光景を見ていた。
 薄ら笑いを浮かべながらガブリアスは彼らを見送った。
「へへっ、また来いよ!」
 親しげにコライドンの肩を組んで、ガブリアスは気の知れた友人同士であるかのような笑顔を見せた。そばにいるジャラランガのことなど歯牙にもかけなかった。
「だって俺ら、もう兄弟、になっちまったもんなあっ?!」
「……」
「コライドンサン」
 ミライドンがすっと近寄り、デジタルの瞳をチカチカと点滅させながらコライドンの両手を握り、まるでアイドルを前にした熱心なファンのように、ぶんぶんと上下に振り回し握手をした。
「今夜ハありがとうござイマした。拝見できテ、本当ニ嬉しカッタ。短い時間デハありましタが。いいですカ、これはコライドンサンにとってモいいことなのデスから。ドウヤラ、まだ腹に落ちてナイようですが、大丈夫ナノです、ゆっくり、ゆっくりト。そのうちワカル時が来る筈でス」
 コライドンは無気力な表情でニコニコと微笑むミライドンの顔をぼうっと見つめていた。どことなく自分と似た顔の作り。視界がぼやけるといっそうそう見えた。けれど、今のところは考えを巡らすには疲れすぎていたし、心は矛盾した感情で引き裂かれすぎていた。ゆっくり? そのうちわかる?……
「また近クお会いスルことがデキるでショウ。その時ハまたよろしくお願イしまスね」
 出し抜けにミライドンに接吻をされ、機械のような外見からは想像できなかった柔らかい舌に口内を愛撫されると、んっ、と子どもじみた甘く甲高い声を漏らしてしまった。
「エッチな声出しやがって、まだケツ足んねえのかよ? 変態め、まっ、欲しかったらいつでも相手してやっかんなあ……」
 ガブリアスに尻を撫でられると、上官に点呼に威勢よく返事をする一兵卒のように、大臀の筋肉が俄かにキュッと引き締まり、俺がガブリアスに——キザな顔立ちをし、逞しく膨らんだ胸筋と割れた腹筋を誇り、丸太と遜色のない巨大な逸物を持って、何より同性を屈服させる性交に巧みな雄にすっかり肉体を支配されていることを感じ、深い絶望に浸るが、そのくせコーヒーに少量注がれるミルクのように、悦びが混入していることを知らないではなかった。
「おい、大丈夫か」
 ジャラランガに声をかけられて、コライドンは我に返った。あんなことがあったばかりなのに、表向きは強かな目つきだった。きっとジャラランガの方が、自分よりも屈辱的な目を味わったに違いない、とコライドンは思う。けれど、彼は努めてその感情を抑え付け、必死に耐え忍んでいる。その顔を、しっかりと見据えることができなかった。
 みるみるうちに、コライドンは自分の精神を恥じ、その精神にさえおよそ似合わない肉体を恥じるようになった。結局のところ、俺はああいう淫らな行為が好きな、ガブリアスに罵られた通りの変態で。自虐すればするほど、悪し様な罵倒が次から次へと頭に浮かんでくる。それを並び立てているうち、コライドンはいっそそれが快感にさえなってきた。
 ガブリアスに終始尻を陵辱されている間、心の内では抵抗したつもりだけど、結局はイキたくてイキたくて堪らずに屈服してしまった。これが俺の本性か、という気がした。そういえば、絶頂に達したとき、
——はははっ! 無様にイキやがって、ホント可愛くて惨めだな、お前!
 混濁した意識の中で、誰かがそう吐き捨てるのを聞いた気がした。ガブリアスの声でもなく、ジャラランガでも、もちろんミライドンの声でもない誰か。雄臭い交尾をしている間、たびたび脳裏に蘇ってきたこの声の主を、コライドンは思い出せそうで思い出せないのだった。
「おい!」
 ジャラランガに強く肩を叩かれた。
「……もう少しで着くからな」
「あっ……ああ、うん……」
 言うべき言葉はたくさんあったはずだが、コライドンはもじもじとし続けていた。二匹きりになってから、すっかりしょげ返ったようになり、額の羽根は重力に押し下げられるままに垂れ下がり、尾羽も萎れた花のように閉じていた。カラダつきもなんだか一回りか二回りは小さくなってしまったように思えた。
 夜更けのワイルドエリアは明るかった。背後からはナックルシティの街の灯が、前方からはエンジンシティの絶えることのない街灯が、二匹を追いかけまわすように照らしていた。
「ごめん」
 そう口に出して、ごめん? ごめんって何がごめんなんだ? とコライドンは思い、すぐに前言を撤回したくなるが、でも、それ以外に何て言いようがあるんだろう?
「……ごめん」
「別に、気にしちゃいねえよ」
 ジャラランガはキッパリと返事をした。
「お互い、ガキじゃねえだろ。そういうことだって、ある時はあるもんだろ」
「でも」
 でも? コライドンは自分でもそこからどんな言葉を継げばいいのかわからない。
「へっ、俺が嫉妬してるってか?」
 カタカタと鱗を震わせながら、ジャラランガは苦笑いする。
「そりゃな、あんなことさせられて、何にも思わねえっつたら嘘になるけどよ、だからどうしたってんだ?」
 コライドンを抱えていない方の手で鱗の薄い鼻先を擦る。
「ま、ようくわかっただろ? あのバカはああいうバカなんだよ。ホント、バカだよな。マジでバカ!」
「……」
「相方への思いやりなんてこれっぽっちもねえし、自分だけ気持ちよければそれでいいと思ってんだからよ。少なくとも、俺はそう思ってる」
「俺、東側には絶対行くなって言われたのに行ってしまった」
「だから、いちいち自分を責めてんじゃねえよ。過ぎたことは過ぎたことだろ、しょうがねえだろ」
 コライドンは熱いものが胸のうちに込み上げてくるのを感じた。感じたままに、ジャラランガと向き合って、そのカラダを抱きしめようとしたが、喉袋が二匹の胸の間に緩衝材のように挟まってしまう。
「……悪い、駄目だ」
 ジャラランガは大きな掌を広げて、コライドンを制した。
「俺はあのバカとは違うんだよ」
「……ごめん、本当に」
「だからいちいち謝んなって、塩らしいのはキライなんだっつの」
 今し方の自分の仕草はちょっと拒絶が強すぎただろうかとジャラランガは心配して、取り繕うに手をそっとコライドンの肩にのせ、気遣うように凝りをほぐしてやる。
「ま、帰ったらまずは池でカラダ洗えよ。そんで気の済むまで寝て、気が向いたら飯にすりゃいい。そうすりゃ元気になんだろ!……」
 どうせ、こんなことは一瞬のことなんだ、とジャラランガは悟りを開いたかのように言う。喉元過ぎれば何とやらって言うしな、結局はみんな取るに足りないこと、そのときそのときどう思ってたかなんて、忘れちまうし、どっちにしたって良くなっちまうんだよ、そんなもん……
 コライドンは一応は頷いたが、一度下げた首をなかなか上げることができなかった。本当にそうなんだろうか? 今や、自分自身のことですら疑わしかった。