なぜかガラル転生したコライドンだけど、イケメンなのですべて何とかなった 30話

 30

 

 ガブリアス鏡池の辺りにかがみ込むと、水面に首を突っ込んで豪快に水を飲み始めた。コライドンは気まずそうにソワソワと辺りを見回した。コライドンには見慣れないポケモンが異様な図体をしたドラゴンどもを遠目から物珍しげに眺めている。ニャースにはガラル地方特有の種がいて、いま自分たちを見物しているニャイキングというポケモンも、ガラル固有のニャースのみから進化する特別な種だということなど思いも及ばなかったので、見知らぬポケモンにジロジロ見られていると感じ、むず痒い気がした。
「テメエも飲んだらどうだ」
 あんだけ激しい運動したら喉もカラカラじゃねえか? ニンマリと笑みを浮かべて皮肉りながら、ガブリアスは爪で自分の隣の草地を指し示した。コライドンは躊躇したが、確かに喉は潤いを欲しているのだった。それに、さっきまでの自分たちの姿態が映像のように脳裏で再生されてきて、赤い顔がいっそう赤くなりそうであった。
「……」
 水辺に踞って両手で掬った水をごくごくと飲んだ。ひんやりとした水分が喉を癒やし、食道を伝って胃へと流れ込んでいく。もっと大きな器が欲しい、とコライドンは思った。興奮と羞恥で昂ってしまった肉体を内側から冷や水で満たしたくてたまらなかった。それには自分の手のひらでは到底足りず、いっそのことこの池もろとも飲み込んでしまいたい。
 満足するまで水を飲んだガブリアスは立ち上がって、水鏡に浮かぶ自分の体つきを悠然として眺めている。肘を曲げながら両腕を上げてポーズを取って、首筋から脚まで盛り上がる筋肉のシルエットをじっくりと観察しながら鼻歌らしきものを口遊んでいる。
「なあ、見ろよ」
出しぬけに、上半身をコライドンの方に捻って手首を交差させると前方の脚を軽く上げ、ふんすと鼻孔から威勢よく息を噴き出した。それから腕を締めて力を込めると、胸の筋肉がいっそうと盛り上がって岩のようだ。
「どうよ?」
 ガブリアスは自慢げに、ゴツゴツとしたその胸筋の稜線をピクピクと震わせて、嫌というほどに雄らしさを見せつけた。コライドンは答えに窮していたが、ガブリアスはニヤニヤとしながら鮮やかな橙色で強調された胸のガッチリとした膨らみを、これでもかと自慢してくる。その態度は勝手にコライドン相手に張り合っているかのように、無邪気でさえあった。
「まあ、悪くねえんじゃねえのか」
「おっ、マジ?」
 ガブリアスは嬉しそうに鼻息を噴射した。
「コライドン『兄貴』のお墨付きをもらえて嬉しいぜ」
 コライドンはおもむろに立ち上がって、ガブリアスと相対した。戯けたように「兄貴」呼びなどしてくるから、なんだか調子を狂わされてしまう。さっき、自分たちが好き勝手に雄同士の交尾をしたオンバーンプテラが、息も絶え絶えになりながら兄貴、兄貴、と自分を呼んだのが思い出された。それにしてもひどい状態のまま、ガブリアスに無理やり連れられるままにうっちゃってしまったが、どうにかおかしな騒ぎになっていないで欲しい、と勝手だとは思いながらもコライドンはソワソワしていた。
「何て顔してんだよ。いい顔がこれじゃ形無しになっちまうんじゃねえか?」
 ガブリアスはコライドンの顔をじっくりと見据え、ねっとりとした目線を送った。生暖かい鼻息が胸の逞しく発達したところにかかり、まるでくすぐられているみたいで、コライドンはついカラダをブルブルと震わせてしまう。
「まさか、ここまで付いてきてくれるとは俺も意外だったよ」
 不意に、ガブリアスがそんなことを言う。
「大方、あの野郎にキツく言われてたんだろうが、案外テメエも好奇心も性欲も旺盛ってこった。安心したよ、俺は」
「別にそういうことじゃ……」
「素直じゃねえなあ!」
 ガブリアスの爪が、コライドンの胸を優しく小突く。
「一つだけ確実なことを教えてやるよ」
「?……」
「俺と一緒にいた方が、あのクソ野郎といるよりうん億倍も得だってことだ!」
 ガブリアスがクソ野郎、というのはジャラランガのことを言っているに違いなかった。以前、キバ湖の瞳で暮らすオノノクスから打ち明けられたように、あの二匹はつい最近までは一緒につるんでいたそうだが、今はお互い険悪な仲になっていた。それにしても、いまコライドンに対するガブリアスの態度は、最初に出会った時と比べると随分印象が変わっているように感じられた。殺気だった空気感は最早なく、粗野なところはあるけれども、どこかわんぱくなところもあって、純真無垢な雰囲気さえあった。
「で、ここまで付いてきてくれてるってこたあ、俺と組む気になったってことか? そうなんだろ?」
「……」
「ったく、歯切れが悪いなあ。けど、ここまで来たからにはちゃんと付き合うとこまでは付き合ってもらうからな……」
「付き合う?」
「テメエもそんな立派なガタイしてんだから、わかる……だろ?」
 いきなりガブリアスはコライドンに顔を寄せて、ぺろ、と舌でひと舐めした。分厚く熱を持った舌がぺとりと粘着して、時間をかけて首筋から頬までを味わうように舐め上げたので、コライドンは竦み上がった。
「まだ俺はテメエのことをじっくり味わってねえから、な」
「……!」
「へっ、かわいいじゃねえか。コライドン?」
「変なこと言うのはやめてくれ」
「やめねえよ。だって、テメエは俺のもんだからな。そうであるべきなんだ……!」
 ジャラランガの奴が今ごろ派手なクシャミをするのが聞こえた気がした。
——んだよ、せっかくだから行ってこいよ。別に俺はお前の保護者じゃねえんだし。寝てえときに戻ってこいよ。せっかくの『異世界』だろ?
 と言うくせ、どこか名残惜しい調子だったジャラランガが今ごろ何を思っているのか、手に取るようにわかった。けれど、ここまで来たからには中途半端に後戻りをするわけにもいかなかった。何よりも、どうして自分がこんな見知らぬ土地に飛ばされてしまったのか、知ることが肝心なのだとコライドンは自分に言い聞かせた。
「それで、お前の住処はどこなんだ?」
「おっ、その気になったか?」
「付き合うだけ付き合ってはやるけど、その後のことは保証しない」
「ふうん……強気で来るんだな」
「何が言いたい」
「めっちゃタイプ。マジで唆られるぜ、そういうの!」
「……」
 ガブリアス鏡池からさらに先まで歩き出した。どうやら、住み着いているのはこの辺りではないらしい。ガブリアスが立ち止まってコライドンへと振り返ると、向こう側の方へ顎でとしゃくった。
「もうちょっと歩くんだ、付き合ってくれるよ、な?」
 コライドンは折り畳まれた羽根をそびやかしながら、意を決してガブリアスの後についた。